2016年01月04日

年末年始のジロジロ日記





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やっと始動し始めました。
本年もどうかよろしくお願いいたします。

昨年末は28日まで仕事。
29日は正月に大事な?来客があるので家の回りの片付け。
30日は年賀状作り(年内に投函できなかったら、年賀状なんてそもそも元旦に書くものではないかと開き直るつもりであったが、かろうじて間に合った)
31日は年賀状を出しに郵便局へ自転車で。

本局まで来たついでに仙元山(おっぱい山)の2015年の見納めに行きました。
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仙元山の標識ではないんだから、わざわざおっぱい山って書かなくても。^^

運良く八高線がやって来ましたが、予期した方向と逆だったのであわててしまいましたが、何とか1枚パチリ。RIMG0981.jpg
八高線、2015年の見納めです。

年が明けて1月1日
この日は地域の新年会という行事がありました。
朝から酒を飲まされて、ほろ酔い気分で近所の蝋梅をパチリ。
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酔ってた方が良く撮れる?

1月2日
この日は所用で折原に車で行きました。
途中、谷川岳が良く見えたので、高台で眺めて行くことに。
既に日が高くなっていたので、視界スッキリとはいきませんでしたが、まずまずの展望。
篠竹が生い茂る中、わずかの隙間を見つけてパチリ。
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この後、年始の客を迎えて1日が終了。

1月3日
この日は夕刻に年始の挨拶に親戚に行く予定がある以外は、特に何もなかったので、午後から近所のポタリングをしてみることにしました。
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正月らしく真新しい幣束があちこちに

土蔵の壁に大きな蝸牛がいるのを発見
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そういえば今年の干支は蝸牛だったから、蝸牛のようにゆっくり進むとしよう。
ちがったかな。^^

前日、折原を車で走ったとき、梅が咲いているように見えたので確かめに行くことにします。

立原を走っていると突然、前方の警報機が鳴って、八高線やってきました。
斜めに肩から提げていた一眼をあわてて構えて、とりあえずパチリ。
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なんてこともない中途半端な写真ですが、とりあえず初八高線。

初おっぱい山
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やっぱり仙元山というよりもおっぱい山と言った方が親しみがわきます。

三品川に着くと、やはり梅が咲いていました。
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後ろに見えるのは中間平

我が家の回りでは、梅はまだ堅いつぼみだというのに、標高が高いこちらの方が咲くのが早いとは。
車山が北風を遮ってくれるので暖かいのでしょうか。

三品川沿いでは菜の花も咲いていました。
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こちらも我が家の回りでは、まだ見かけません。

蜜蜂も活動中
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まだ正月3日だというのに、お団子持って、もう仕事始めかい?
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この後、フラフラ走っているうちにこんなところにたどり着きました
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巷でよく「日本の原風景」といわれるような場所
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日本だって広いので「日本の原風景」と言ってもいろいろあるのだろうから、「一つの」と付け加えておきましょう。いずれにしても寄居にもこんなところがあったなんてびっくりぽんです。

ちょうど所有者らしき方がいらしたので、断って入らせてもらいました。

奥の方はちょっとした棚田になっています。
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棚田の上には梅林もみえます。

田んぼの脇には小さな沢
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「素晴らしところですね。梅が咲いた頃にまた寄らせてもらいます」
素晴らしいロケーションにすっかり感激してお礼を言ってお暇しました。
こんな事があっても、大概後で忘れてしまうのですが、ここだけは覚えていられそう。
誰にも教えないで、自分だけの秘密のスポットにしておこうっと。
結構みんな知ってたりして。

ここもお気に入りのスポット
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反対側からは下ったことがありますが、この日は初めてこちら側から下ってみました。
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急坂で自転車が転けたのではなく、急すぎて立てられないのです。

下りきって振り返る
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土手の上の桜が咲いたらまた来てみよう。忘れなかったら。

この道もお気に入り
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鉢形城址まで戻ると、花木園では紅梅らしき花が咲いていました。
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柵の中なので遠くて良くわかりませんでしたが。

正喜橋を渡って寄居の市街地へ

ここのところ毎年行っている儀式
この一年嘘をつかないで誠実に生きることを誓うのです。
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ウギャー!

この写真を撮った直後に親子連れが通りかかりました。
実はあの真実の口の中には小銭がいくつかお供えされていまして、その子供たちに私は小銭を取っているいけない人に間違われやしなかったかと不安になってしまいました。
やはり「お金じゃなくて写真を撮っていただけ」とでも言い訳しておくべきだったでしょうか。

補強工事中の正喜橋
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大した運動量でもないのにセブンで補給
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久しぶりに丸ごとバナナを買ってみましたが、でかくなっていたのでびっくり。

休憩していたら、道の反対側の雀の宮公園に花が咲いているのを発見

椿
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正喜橋と鉢形城の本丸跡をバックに

今度は正真正銘の紅梅
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昼前、ここから着信があったので、正月早々なんだろうと思って後で電話してみたら間違いだって。
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そこで思い出して来てみましたが、8日まで休みとの張り紙。
たぶんそうだろう思って、先ほどのセブンで休憩してきて正解でした。

町中をフラフラしてみました。
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いつもの路地
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正月らしい松飾りのあるお宅
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山茶花の路地
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煙突の見える路地
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寄居で一番有名な路地かもしれませんが、なぜか今まで煙突が見えるのに気がつきませんでした。

清酒白扇の醸造元の煙突です
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大分、日が西に傾いてきたので、そろそろ帰らないと
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正喜橋から見た荒川の様子
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橋桁の影が遠くの方に見えます。

この写真を撮っていた時に帰って来るようにとの電話があって、この日のポタは終了。
20km弱のポタリングでしたが、今後楽しみな場所も発見できて、今年初めてのポタとしては、まずまずといったところでした。
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2015年08月24日

偵察は自転車で

日曜日、午後から畑の管理作業をする予定だったので、午前中にその畑の様子を見に行くことにしました。
10時過ぎ、徒歩で行くには少し遠いので自転車で行くことに。

前日の土曜日、しばらく乗ってなかったせいで、空気が抜けてペチャンコになったいたロードのタイヤに、特に乗る予定もなかったのですが、変な癖が付かないようにと、空気を入れました。
せっかく空気を入れたのだからと、そのロードバイクで行くことにしました。

畑のチェック
8月3日に除草をした畑も、20日間で雑草がひざくらいの高さまでに。
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本当ならばこの程度のうちに除草するのと楽なのでしょうが、時間がない我が家の場合はまだ粘ります。

次の畑
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上の畑と同じ時期に除草したはずなのに、草が腰くらいの高さまで。
これ以上伸びるとトラクターでは歯が立たなくなりますので、すぐにでもやらないと。

次の畑
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こっちも除草したいところですが、いっぺんにはできないので次の機会に回すことに。
それにしても、夏の雑草のたくましさには本当に驚きます。
少しはあやかりたい。

近所までのつもりでしたが、一旦乗り出すとやはりロードバイクは気持ちが良い。
飲み物もお金も携帯電話も何も持たずに飛び出して、いつの間にか、深谷市の本田というところまで来てしまいました。

ウチのではありませんが、田んぼのチェック
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稲にバラつきがあるんじゃない?

変な色のも混じっているし
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もうおわかりですね。

ふっかちゃん田んぼ
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今年も栽培されていました。
周囲には田んぼを見渡せる高い場所がないので、腕を精一杯伸ばして撮ったのですか、ふっかちゃんがわかるでしょうか。
次はドローン持ってこないといけないな。

関越道のチェック
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天気はイマイチでしたが、夏休みの日曜日とあって、下りの交通量が多かったです。
それでも渋滞するほどではありませんでしたが。

関越で北に向かう車の流れを見ていたら、自分も行きたくなっちゃった?

ブルーベリーの丘を越え
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いつの間にかスノーボードのジャンプ台がある場所に。
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若者が気持ちよさそうに飛んでます。
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スノーボードのジャンプ練習場というと雪の降る土地にあると思われがちですが、私の脚で午前中にそんなところまでたどり着けるわけがありません。

ここは嵐山町と寄居町の境にあるスノーボードとスキーのジャンプ練習施設「埼玉 QUEST」という施設なのです。
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数年前から営業していたらしいのですが、今までなかった看板が、今年になって入り口に立てられたので始めてわかったというわけです。
埼玉QUESTホームページhttp://www.saitamaquest.net/

駐車場から少し見学させてもらいました。

自分もあとウン10年若かったらやってたかもね。
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ジャンプの練習なんて競技でやっているのだろうかと思って、準備をしていた若者に聞いたら、競技でやってる人もいるけど、ほとんどの人が遊びでやっているんだそうだ。
スポーツとして自転車を始める前は、ロードバイクに乗っている人はみんな自転車の選手だとばかり思っていたのと同じような勘違いでした。
でもこういう施設が埼玉にあるなんて、おもしろいものです。

しばらく見ていたら、11時半になってしまったので帰ることに。
走り始めるとすぐに、お昼のチャイムが防災無線から聞こえてきました。
やれやれ、しばらく乗ってなかったので、サイコンの時計も狂ってしまったようでした。

早く帰るために近道を選択。
古いけど趣のあった河原の砂利工場が最新式のメガソーラーに様変わり。
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どういうわけか、看板がイタリアン。
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走った後にタイヤが白くなるのだけは以前のままです。
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10kmくらいしか走ってませんが、久しぶりに自転車の記事が書けました。^^
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2015年05月04日

お使いポタ

連休初日の土曜日、久しぶりの休みなので何をしようか数日前から楽しみに考えていたのですが、前日になり家人から薬が終わってしまったので掛かり付けの医者のところでもらってきてくれるよう頼まれてしまいました。
仕方がないので、寄居町の市街地にあるクリニックまでポタを兼ねて自転車で行くことにしました。

国道を行ってもおもしろくないので裏道をたどって行くことにします。
河原に降りる階段を自転車を抱えて下ったところは、荒川と登谷山と東武東上線がセットで望めるお気に入りの場所。
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こうなると、もはや裏道とは言えないかもしれませんね。

運良く電車が通りかかりました。
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このあたりは単線なので近くの鉢形駅で交換してすぐに次の電車がやって来ました。
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ラッキー、今度は記念列車です。
開業100周年記念列車が今年もまだ走っているのですよ。
今年は101年記念。^^

去年の秋はここでツートンカラーの車両も見ました。
撮ったままお蔵入りになっていたのですが、良い機会なのでアップしておきます。
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ちなみに、この列車もまだ走ってます。

さて、この後荒川沿いを正喜橋へと向かったのは良いのですが、途中で崖に行く手を阻まれてストップ。
久しぶりなので道がつながってないことを忘れてしまいました。
仕様がないので急坂を登り上の道路に復帰。

その後正喜橋を渡り市街地へ。

正喜橋を渡ったところにある雀宮公園へ。
入り口の看板には七代目松本幸四郎別邸跡地とあります。
秋には見事な紅葉が見られる場所ですが、今の時期も若葉と荒川の清流がすがすがしくて、なかなかのものです。
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季節はずれですが、電車と同じ、出番を失っていた秋の写真をアップしておきます。
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さて、この後はこれまた久しぶりの路地裏巡り。
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一応公道だと思うのですが、近隣に配慮して自転車は押して歩きます。


以前は歩く度にコトコトと蓋が音を奏でるメロディロードだったのですが、側溝が新しくなっていました。
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それでもまだ音は少ししますので、音を立てないよう静かに歩きます。

どなたも住んでないようでしたが、趣のある家がありました。
どのような方かわかりませんが、きっと風流な方だったのでしょう。
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名前は忘れましたが、トイレの後に手を洗う水を入れるタンクのようなものが軒先につるしてありました。
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このまま朽ち果てさせてしまうのはもったいないと思える建物でした。

古い建物の壁に残る看板の跡
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「寄居服飾専修学校」と読めるようです。
かつてはここにうら若き乙女らが通っていたのでしょうね。

「ライオンは寝ていた」
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と思っていると、目を開いてキッと睨まれてしまった。
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こういうところを歩かせてもらうときには、住民への挨拶は欠かせませんね。

山笑う
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実際には山の笑いはこの時期ほとんど収まったかもしれませんが

マンホールも笑う
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一応対と言うことで。

マンホールのある路地を抜けたところが和菓子の上野屋さんだったので、柏餅を買って帰ることに。
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本当に帰ってしまうところでしたが、薬のことを思い出して急いでクリニックへ。

途中、買い物中のバラ族仲間にあった。
バラ族といっても薔薇族のことではなく、西ノ入のバラ園に集まる仲間です。しかも女子。
今年も5月末の週末にオープンガーデンを開催するのだそうだ。

その後、今度は踏切の近くの公園で旧知のサクラ族に会いました。
その人は寄居町のあちこちにサクラを植えまくっている会の会長なのでサクラ族なのです。
公園でサクラを植える場所を探していたのだとか。
お休みのところご苦労様です。

最後のクリニックでまた知り合いに会いました。
その方は数年前まで近所に住んでいて、同じソフトボールのチームに入っていた人です。
昔はかなりのやんちゃだったように見受けられます。
もしかしたら、若い頃あの族に入っていたかもしれません。

2時間ちょっとのポタでしたが、いろいろな場所や人に会えて良い時間が過ごせました。
posted by tomochan at 14:11| 埼玉 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

やせ我慢ポタ

2日の午後、昼食の後片付けを済ませてから2日続けてのポタに出かけてみました。

料理や洗濯の家事をすることに負担を感じているのは確かなのですが、それを相方に悟られないようにしようとの思いやりからなのか、それとも、「私はその家事を何十年も続けているよ。私の大変さがわかった?」と思われるのが嫌だったのか良くわかりませんが、とにかく、さも簡単そうにささっと家事を終わらせ、余裕があるところを見せつけるかのように家から出たのでした。

近所の畑のロウバイが満開
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よく見るとそこにはミツバチが
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「正月早々よく働くねえ。女王蜂のためかい?お互いがんばろうな」
思わず声をかけたくなってしまいました。

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今日は遠くの山がよく見えるから、昨シーズンあたりから挑んでいる山をバックにした八高線の写真を撮りに行くことにしました。

これは去年撮った写真
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昨年末に撮った一枚
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いずれも待ちかまえて撮ったわけではなく、たまたま通りかかったところをパチリとしただけ。
ですから、鉄道ファンならばすぐにわかるのでしょうが、どちらも後ろ姿。
私は鉄道ファンではないので、走り去る列車の写真がどういう評価なのか良くわかりませんが、できれば正面から撮りたいところ。しかも、草などの余計なものが写りこまないように。
そこで今回はあらかじめ撮影ポイントを決めて待ちかまえて撮ろうという作戦にしたのです。(普通みんなそうだと思います)

撮影ポイントを探して線路沿いをポタポタ
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田舎には遮断機がない踏切もまだあるので要注意です。
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踏切に近づくとセンサーが働いて機械から声が出るので初めはびっくりしました。

雪化粧をした赤城の黒檜山をバックに1枚撮ることにしました。
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時刻表も持参で来たので余裕で撮れると思いましたが、動くものを撮るのはやはり難しいです。
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そして、上の写真もやはり後ろ姿です。
線路の敷地内ではないのはもちろんなのですが、正面から撮ると運転手さんが危険を感じてしまうのではないかと思って遠慮したのです。

次の列車は日光の男体山をバックで
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反対側は寄居の山
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ポイントを決め、構図も確認して、ちょっと離れたところで次の列車を待っていると近所にお住まいと思われる方が通りかかり、話しかけてこられました。
八高線などの話に夢中になっていると、近くの踏切の警報機が鳴り出しました。

あわてて駆けつけたのですが、間に合わなかったー
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またしても後ろ姿を列車をパチリ
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鉄道写真は難しいのだ。

次の列車までは1時間くらいあるので、鉄道写真はこれでおしまい。
どこかで正月らしい題材でも探そうかと、玉淀大橋を渡っていると、橋の下にしゃもじみたいな形の島があるのを発見
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「そうだ、帰って夕飯作らなくちゃ」
急に現実に帰って、この日はご飯を炊きキムチ鍋を作ったのでした。

posted by tomochan at 17:41| 埼玉 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月03日

初ポタ

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

去年のクリスマスイブにバドミントンの練習でアキレス腱を切ってしまったアキレタ者が家族に発生して、その結果、ただでさえ忙しい年末の仕事の他に主夫業までもしなければならなくなり、大変な年末でした。
それも、一週間もすれば意外と慣れてきて、元旦は郵便局に自転車で年賀状を出しに行ける余裕も出て来ました。

松飾りが施された正喜橋
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正喜橋を渡り、裏道で寄居郵便局に向かいます。

今年は毎日ブログの更新するぞ!
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手、手が!
嘘を言ってはいけませんね。

最近はここの郵便局は年賀状をドライブスルーで受け取ってもらえるのでありがたいのです。
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私も自転車に乗ったまま手渡しました。

これで用事は終わったのですが、このまま帰れるのももったいないので、近くの秩父往還の山通りを山の手前まで行ってみようと思いつきました。

山通りの出発点まで戻ります。
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秩父往還は熊谷から秩父へ向かって行くと、寄居の街の西はずれのこの場所で、釜伏峠を越える山の道(山通り:写真の直進の道)と荒川沿いの平地を行く道(写真右側の道)とに分かれたのだとか。
荒川沿いの道は平坦なのですが、現在の波久礼あたりの切り立った崖が危険なのと、距離的に遠回りになるので、山を越える山通りが一般的だったそうです。
逆に、現在では遠回りでも下の道(国道140号)を利用する方が一般的ですが、自転車好きの人の中にはわざわざ峠を越えて秩父にゆく人などもいるようですから、世の中わからないものです。

山通りの道は左側をゆくのですが、右の道も宗像神社や、かつての名勝「象ケ鼻」に続く道で、なかなか趣のある道です。
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こちらは荒川の崖の上で右に下りて行くと子持瀬という渡し場があった場所になります。
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子持瀬と行く手に見える釜伏方面の山
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ここで荒川を渡り、写真中央に見える尖った山の右の鞍部に出て、釜伏峠に向かうわけですね。

坂を下る途中に世の中の安穏を祈る江戸時代末期の石碑がありました。
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荒川の上流側には八高線の鉄橋が見えます。
映画「そして父になる」のポスターを撮影した場所の近くですね。
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桜の並木があるので、花の時期に再訪したいところです。
そう思っても、いつも忘れてしまうのですが。

秩父往還の往来が盛んであった頃は、ここに渡し船や、渇水期には木造の橋もあって、対岸に渡たることができたのだとか。上流に玉淀ダムができた現在では、水量も減って水深は浅そうですが、さすがにこの時期、徒で渡るわけにはいかないので先ほどの正喜橋を渡り、対岸の折原へゆくことに。

折原側にやって来ました。
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ここから先、あちこちで見かけることになる「折原かるた」がお出迎え。
しかし、「皆さんがお世話になった」というのがちょっとおもしろい。

山通りの道は荒川の崖を上の段に向かって斜めに登って行きます。
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その登り口には、湧き水があって今も水が湧き出しています。
おそらく、昔の人もここでのどを潤したことでしょう。

上の平地に出て100mほどゆくと正喜橋から折原橋に続く町道に出ます。
そこには昭和6年に建てられた道しるべがあります。
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刻まれた文字を読むと、かつて秩父往還だった道の行き先は秩父ではなく「秋山を経て槻川村」とあるので、もうこの頃には山通りを使って秩父に行く人も少なくなってしまったのかもしれません。

町道を横断したところにまた旧道が残されています。
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折原村の道路元標が半分以上埋もれています。昔の道は今よりずいぶん低かったのですね。

ところで、ここから先の旧道が最近コンクリートで舗装されたようです。
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「村民の信仰厚い庚申塔」
「住民の願いは厚いコンクリート」
砂利道だと雨が降るとすぐ穴ぼこだらけになってしまいますからね。
ただ、道路元標の周りは工事しなかったようです。
これを以上道路を厚くしてもらうと見えなくなってしまいます。

八高線の下をくぐります。
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列車はここで見れれば良かったのですが、残念ながら先ほどの道しるべのところで通過してしまいました。

ここから先は旧道らしきものは見あたらないのでこの坂を登ります。
荒川によって作られた河岸段丘と思われます。
坂の途中に馬頭尊と折原かるたがあったので、ここが旧道跡なのかもしれません。
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坂を登りきったところは見晴らしの良い台地。
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明治時代に作られた地形図によると秩父往還は確かこの辺なのですが。
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土の道もすぐに終わり、また舗装道路になりなじみのある牛石のある場所に出ました。
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「牛石に憩う旅人番場坂」と折原かるたには詠まれていますが、最初にこれを見たときは「こんな畑の真ん中でなぜ旅人なのだろう」と思ったものでしたが、後になってここが秩父往還の跡だと知り、納得したものでした。

私もここらで憩いたくなりましたが、すんでの所でやめました。
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ここからしばらくゆくと、大きな工場の敷地になり、秩父往還山通りはそこに吸収されてなくなってしまうので工場にそって迂回します。
途中また折原かるたが。しかも3個。
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あ、ひとつは違った。

工場の反対側に出ました。
ここからまた旧道が始まります。
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地元のお年寄りに聞いたので、たぶん間違いないと思います。

秩父往還ではありませんが、途中の風景が気に入ったのでパチリ。
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その後、道は県道坂本寄居線に合流して消滅。
そして釜伏への入り口でまた出現。
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この日は寒かったので、フリースにダウンジャケットと私もお地蔵さんに負けないくらい着込んできたのですが、さすが坂を登る頃から暑くなりました。

この後旧道は板東沢川を渡るため一旦低いところにおりて行くのですが、今日は時間がないので上の新道を行くことにします。
先日、旧道に重機が入って何かをしているのを見かけたので、その後どうなったか確認したかったのです。025.jpg
以前は草だらけで、入っていけないような状態でしたが、今はきれいになっています。
旧道の価値を再認識した当局が、整備に乗り出したのかと思いましたが、ただ単に排水管を埋めるための工事だったようです。

川の方から上(秩父方面)を見たところ。
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そうこうしているうちに月が明るくなってきてしまいました。
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遅くなってウチに帰って藁鉄砲でたたかれても困るのでこの辺で帰ることに。
足が動かないとはいえ、口と腕は健在ですから。

立原ではお正月に松飾りの代わりにしめ縄を張るのか。
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同じ町内とはいえ、風習はいろいろであります。

元日を始め、祝祭日に国旗を掲げる家庭も少なくなったなあ。
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フランス国旗さえ掲げられているというのに。
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よく見りゃ、ミュールなのでした。

この日は初ポタのほか、初雑煮、初筑前煮、初きんぴらと初物づくしでした。
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初といっても今年初めてということではなく、人生で初めて作ったという意味ですよ。
明日はポタージュでも作って、また初ポタにしようかな。
posted by tomochan at 20:04| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月03日

白鳥尋常高等小学校登校ポタ3

白鳥尋常高等小学校の跡地はまったく目立たないところにひっそりとあった。
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人家と畑が混在した何の変哲もないところで、だいたいの場所を聞いてきたからわかったようなものの、そうでなければ完全に見過ごしていたに違いない。

ここにも八木橋宏次郎氏による今はなき母校を偲ぶ詩が刻まれた碑があった。
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金尾分教場のものと内容は同じであるが、どういうわけか書体や漢字とひらがなの使い分けなどが微妙に違う。やはり本校のものには力を入れたのだろうか。

別の石碑には、この跡地を整備するにあたり寄付をした卒業生の名前がズラッと彫られていた。
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母や伯父、叔母の名前もあるのかと探してみたところ、石碑の表でなく裏面に兄姉まとめて刻まれてあった。
寄付金の額が一番下のクラスだったので表でなく裏側の、しかも一番後ろの方にまわされたらしい。
まったく兄姉そろってしっかりしている。

記念碑を見た後、何か学校があった形跡のようなものでもないかと周囲を回ってみたが、まったく何も残っておらず徒労に終わった。
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私の卒業した中学校も場所を移転したため、当時の校舎はなくなってしまったのだが、それでもまだ石垣や土手などは公園の一部として残っているのである程度昔の面影を残している。
それに引き替え、こちらの学校はほとんど跡形もなくなってしまって、卒業生は寂しい思いをしたに違いない。

さて、金尾からここまでどれくらいの距離だったのかとサイコンで確認すると6.5kmだった。
迷い道や寄り道をしているので、正味6kmくらいだろうか。そのうちの山道は3分の1ほどで残りは平地であるが、当時の道路状況を思えば大変な距離だ。
いや、いや、まだ感心している場合ではない。帰りがあるのだ。

学校跡から長瀞方面に数百mも行けば岩根山の入り口なので、そこから葉原峠を越えて風布経由で金尾へという案が一瞬脳裏に浮かんだが、学校帰りに寄り道をしてはいけないと思い、やめた。
正直なところ、小径車で葉原峠越えはきついと思っただけなのだが。

ということで、来た道を素直に帰ることにしたが、それが正解だったようで、来るときには気づかなかった発見も。

岩田にて「地名起源岩田の大石」という案内板を発見。
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来たとき寄った道光寺の方角と見間違ってそちらに行ってしまった。
道光寺の門の前に着いたら、住職と思われる方がちょうど帰って行く観光バスに手を振っていらっしゃったので、それが終わるのを待って大岩の場所について訪ねてみた。
「あー、それなら病院の先のてんのう様の先だよ」と教えて下さった。
ということは、通り過ぎてしまったようなので、とりあえず病院とてんのう様を目指して戻ることにした。

大きい病院なのでそれはすぐにわかったが、てんのう様は見つかるだろうか。
心配をよそに、てんのう様は病院のすぐ横で簡単に見つけることができた。
もっと大きい神社かと思っていたが、意外と小さな社だった。
でも、なかなか風情があるところだった。
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すぐ近くには大岩の案内板があった。
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遠くに大岩が見えたのでもっとよく見えるところまで行ってみた。
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なるほどねえ、この大岩の上で男女の神様が「行く、行かない」でもめたわけだ。

「もうすぐ秩父なのに本当に行かないの。女神ちゃんが行かないなら、僕一人でお祭りに行っちゃうよ」
「ダメよー、ダメダメ」
「あー、もしもし、秩父の岩田ちゅうところで女神ちゃん1号が動かんようになってしまったんよ。急いで女神ちゃん2号と取り替えて欲しいんやけど」
「ダメよー、ダメダメ」

こんな馬鹿なことを考えていると暗くなってしまう。
先を急がなければ。

岩田を抜けていよいよ金尾峠にさしかかる。
長瀞側からの金尾峠への道は直線のだらだら上りの嫌らしい坂だ。
だいぶ登ってそろそろ休む口実はないかとあたりを探し始めた頃、本当にそれがあった。
ちょっと通り過ぎたのでUターン。
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へたれ自転車乗り用のサインボードだ。
利用法の一例
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この人は坂が辛くて「死ぬー」「無理ー」と言いたかったようだ。

噂に聞くサイコロのふせぎを初めて見た。
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「ウチの村にはこんな大きなサイコロを使う大男がいるのだぞ」とか
「ウチの村の男衆はサイコロばくちがめっぽう強いから、負けて身ぐるみはがされるなよ」
そうやって疫病神を追い払おうとしているのか。

帰って調べたら、一つ目から六つ目までの怪物がいるので入ってくるなと言う意味と、疫病神がいくら数えても始まりと終わりがわからなくてあきらめて退散するという意味があるらしい。
なお、金尾地区の防ぎ吊りの行事は10月に行われるの秋祭りの際に行われるのだとか。
ということは、もう間もなくこのふせぎも新しいものに交換されるわけだ。

金尾峠の頂上にさしかかろうとしたとき、またしても蒸気機関車の汽笛が聞こえた。
急いで荒川の対岸の矢那瀬地区が見渡せる場所まで上りSLを探した。
何とか間に合って、一枚だけ撮れた。
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あれ、客車だけで肝心の機関車が写ってない。

先回りしてもう一枚撮ろう。
金尾峠を越えて伝蔵院の下まで下って見えそうなところを探したが、やはりSLは見えなかった。
前の週と同じく、遠くで汽笛を聞いただけだった。
そういうわけで帰り道は金尾峠を素通りして、出発地の金尾分教場の跡地に着いてしまった。

これで白鳥尋常高等小学校の金尾分教場から白鳥尋常高等小学校の本校までの通学路ポタは終了したのだが、片道約6km、往復で12km、自分は自転車だったけれど、金尾峠を越えて徒歩で通学した母の苦労は大変なものだったろうなとしみじみ思った。

「それよりも、たった12kmのことを3日もかけて書き綴ったお前の苦労も相当なものだよ」
遠い空の上から母が褒めてくれているような気がした。

終わり
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2014年10月01日

白鳥尋常高等小学校登校ポタ2

藪に行く手を阻まれてあっさりと断念した旧金尾峠の探索。
我慢強いはずではなかったのか言われそうであるが、今回ばかりは先を急ぐので勇気ある撤退と言うことにしておく。

新金尾峠から快適な舗装道路を下って行くこと数百mで県道の道路管理境界に至る。
ここが大里郡と秩父郡の境というわけだ。
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金尾峠が境ではないのだ。

更に下って行くとほぼ直線の新道に対して直角近い角度で交わる道がある。
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写真前方に伸びているのが旧道で、山ひだに沿うように走っていた曲がりくねった道の一部分が残っている。


旧道
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これでも広くなった方で、昭和初期のころは人馬がやっと通れるほどの道幅であったに違いない。

ところでこのあたりは岩田の下栗という場所で、岩田の三軒家(屋)と言われている場所である。
母からも叔母からも聞かされていて、名前の響きが良いので覚えていたのだが、ちょうど良い機会なので行ってみることにした。

県道から見ると人家など全くありそうにも見えないのだが、直線距離で100m位、高さにして10m位登ると確かにその名の通り個数三戸だけの集落があった。
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わらぶき屋根をそのまま金属で覆ったような屋根の家が良い雰囲気を醸し出していた。
このような場所に部外者がいつまでもいるのも気が引けるので早々に退散して次に向かうことにした。

荒川もここまでさかのぼると、玉淀ダムの影響もなくなって水もとうとうと流れている。
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明治時代の地図を見ると昔の道は坂を下りきったあたりで現在の道から大きく左にそれて山裾に沿ってあったようなので行ってみる。
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しかし、すぐに道は途切れてしまい、高いところから見ても道らしきものの存在は確認できなかった。
叔母から湧き水が出ていたと聞いていたのに残念である。

尾花の寺の道光寺
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ちょうど秋の七草のシーズンなので観光バスなどやって来て結構なにぎわいだった。
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ついこの間まで水羊羹の幟が立てられていたというので、買おうと思い門の中を覗いてみたが、水羊羹は栗に変わってしまったようだった。またまた残念なり。

白鳥橋への入り口を過ぎ、しばらく行くと道の脇に二十二夜塔があった。
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このあたりの風習であろうか、生まれた子の名前を書いた白旗がいくつか掲げられている。
こういう風習は良いものである。
知らない子でもつい健やかに育って欲しいと思ってしまう。
「リュウノシン君、がんばれ」
いや待てよ、「竜ノ心」と書いてブルース、あるいはゴクウ、はたまたシェンロンとか読ませるのではないだろうね。
今時の子供の名前はわからないからな。

白鳥神社に着いた。
ここに神社があることは知っていたが、止まって見るのは初めてだ。
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神社の境内に白鳥村道路元標があった。
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そういえば叔母が神社の近くに昔の白鳥村役場があって、父親がそこで働いていたと話していたことを思い出した。
道路元標があると言うことはきっとこのあたりが村の中心だったと言うことだろう。
県道の反対側に集会所があったので、おそらくそこが村役場があった場所だったのかもしれない。
ということは、私の祖父もここまで通っていたと言うわけだ。
しかし、周囲は人家もまばらで役場があった場所にしては寂しいところだ。

かつての村の中心部に入ってきたので、白鳥尋常高等小学校の跡地もまもなくだと思うと、否が応でも気合いが入る。
しかし、気合いが入りすぎて、見過ごしてしまうのではないかと言うくらい地味なところにそれはあった。

この記事、ポタより数倍疲れるので今日はこのくらいにしておく。
続く
posted by tomochan at 20:27| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月30日

白鳥尋常高等小学校登校ポタ1

叔母から私の母親は子供の頃、金尾峠を超えて現在の長瀞町井戸にあった白鳥尋常高等小学校の本校まで通ったことを聞き、自分でもその通学路を自分の足(と言っても自転車)でたどってみたくなり、翌週、つまり先日の日曜日再び金尾に足を向けたのであった。

「足を向けた」と書いたが、実際には「車を向けた」のであったが。
なぜなら、午前中は仕事で午後からの出発を余儀なくされたため、貧脚の私の足では帰ってくる頃には暗くなってしまうと思ったからである。
そんなわけで白鳥尋常高等小学校金尾分教場跡地までワープだ。

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寄居橋の袂から北に伸びている白髭神社の参道の脇が分教場の跡地

分教場の記念碑
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井戸出身の熊谷の八木橋百貨店創業者八木橋宏次郎作の詩文が刻まれている。

ここで旧白鳥村のことについて私の知っている範囲で記しておこう。
と言っても(また言った)分校の跡地の一角にある「金尾のあゆみ」という説明板から得たにわか仕込みの知識であるが。

旧白鳥村というのは明治22年に金尾(現在は寄居町)風布(現在は寄居町と長瀞町)井戸・岩田(いずれも現在は長瀞町)下田野(現在は皆野町)の五ヶ村が合併して誕生した村で、村名は中世の荘名からとったという。
また、「新編武藏風土記稿」によると金尾という地名の由来は黒谷の和銅山から続いている山の尾だからということらしい。つまり銅の鉱脈の末端にあたるということだろうか。確かに他にもこの一帯には金ヶ嶽とか金崎とか金の付く地名が多い。

いつまでも講釈を垂れていると学校に遅れてしまうので出発することにする。

まずは県道82号線を長瀞方面に向かう。
数百m行ったところで左折して旧金尾峠を目指して旧道に入る。
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旧道入り口には気をつけて見ないとわからないが、「左ちちぶみち」と読める文政五年の道標がある。
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始まりはいつも急坂
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でもコンクリートが打ってあるので何とか乗ったまま登れる。

民家が何軒かあって最後の家を過ぎると砂利道になり、ここからは完全な山道。
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さすがにMTBでもなければ乗車したままでは行けないので、ここからは自転車を押して歩く。

岩や木の枝だらけの急坂を2、300mほど歩いただろうか、不意に前方に舗装道路が見えてきた。
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しかし、行く手に見えるのは、金尾峠ではなくてもっと下のつつじ山の入り口あたりのように思えて、道を間違えたかと持参した地図を確認。
すると、来るときは気づかなかったのだが、地図にはもう少し手前で二手に分かれるところがあって、そこで間違えたのかと思い引き返すことに。
下りは何とか自転車に乗って下りられたのですぐに分岐点に到着したのだが、もう一方の道がわからない。
いや、道のようなものがあるにはあるのだが、草だらけで通れそうもない。
仕方がないので、また同じ道を戻ることに。
何をやっているだ、俺。
初めての登校に遅刻してしまうぞ。
少し焦りながら、また同じ道を登り返す。

名前は知らないが可憐な花が咲いていた。
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舗装道路に出た。
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長瀞カントリー倶楽部入口
なんだ、ここで良かったんじゃん。
自転車の奥の暗いところが旧道

さて、ここから旧金尾峠の探索。
昔の本によるとこのゴルフ場入り口付近から旧金尾峠に続く道があるという。
ここかな。
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というか、ここ以外に道らしきものはないので入ってみることに。
道と言っても草とクモの巣だらけなので自転車を置いて棒きれでクモの巣を払いながら進んだ。
しかし、数十mで新金尾峠の切り通しの上に出てしまい、道はそこで途切れてしまったようだった。
先ほどの本によると道標を兼ねた馬頭観音があると書いてあったのだが。
あきらめて新金尾峠に戻る。

現在の金尾峠
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今でこそ写真のようにダンプなどの大型車が行き交うような立派な道になったが、私が中学生の頃は今の道幅の三分の一くらいしかない砂利道だったのだ。
春休みにこの道を通ってみんなで長瀞までサイクリングに行ったことがあって、その時このあたりでパンクをして、樋口の駅の近くの自転車屋まで押して歩いて行ったのを思い出す。長瀞に行って何をしたかは何も覚えてないのだが、そのことだけは良く覚えている。

前編、後編の2回で終わるつもりだったが、まだ金尾すら出てない。
なので前回の記事はプロローグとしてこの記事を1にした。
いったいいつになったら本校までたどり着くのであろうか。
続く
posted by tomochan at 20:34| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月12日

江南ポタ

toropiさんのブログで江南のNEWLANDにアソスのショップが開店したことを知った。
アソスといえば自転車アパレルの世界では一二を争う高級ブランド。(なのかな?)
なので、普段なら「あ、そーすか」で終わるところだが、たまたま必要なものがあったのと、ちょうど、フレッタのチェーンオイルを入れ替えたところなので様子見を兼ねて行ってみることに。


ちなみに今回のチェーンオイルはフィニッシュラインでもワコーズでもなく、AZのミシンオイルです。
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ホームセンターで200円くらいだったかな。^^

ミニベロはチェーンが地上すれすれで回り続けるので汚れやすいのです。
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ミッシングリングをはずして、チェーンを灯油で洗い、ミシンオイルをつけて、しばらくなじませたあと、タオルで拭き取ってできあがり。
当たり前ですが、チェーン周りからの音は完全になくなりました。
ミシンオイルは粘度が低くてサラサラして、耐久性はなさそうですが、安いのでこまめに注油すればよいのだと納得。

ちなみにロードのホイールのグリスもAZのウレアグリースです。
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これもホームセンターで2、300円で買ったもの。
一応デュラのグリスもありますが、今はこれを使ってます。


今日も35℃を超える暑い日になりましたが、昨日までのような夕立もなさそうなので夕方6時頃、のんびりと家を出ました。

江南まで5、6kmような気がして余裕で出発したのですが、5、6kmではまだ寄居さえ脱出できない位置でした。しばらく自転車に乗らないうちに距離感もだいぶ狂ってしまったようです。

結局10kmちょっと走ってNEWLANDに到着。
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アソスショップ
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1ヶ月限定の小さなショップ。
ちょうど新しいソックスが欲しかったところなのでソックスを購入。

店の人は、この日開店前に陣見山を登って間瀬湖に降りて、紫陽花の小径を上って来られたそうです。
私なら仕事にならないです。

店を出るとだいぶ薄暗くなってきていたので、急いで帰ることにします。
とは言っても、ここまで来たら江南スタイルの看板も見て帰らなければやはり落ち着かない。

ちょっと回り道。
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久しぶりに来てみましたが、ご健在のようでなによりです。

ほかもゆっくり観察したかったのですが、北の方の空を見ると真っ黒に。
農林公園あたりからは風も強くなって、降り出すのも時間の問題かと思われましたが、何とか雨に降られずに帰宅できました。
必死で漕いだので結構良い運動になりました。
posted by tomochan at 21:10| 埼玉 ☔| Comment(12) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月13日

山居・栃谷地区をジロジロ

稚児岩をジロジロした後は、せっかくなので五の坪の隣の地区にあたる山居(さんきょ)地区に行ってみました。
隣の地区といっても、この辺りの集落は人間の手でいえば、ちょうど広げた手の指にあたるので、隣の集落に行くには一度手のひらのところまで戻らないとなりません。

五の坪を親指としたら中指に当たる道を進むことにします。

おっぱい山が見えてきました。
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月見草ではなくてオオキンケイギクのようでした。

おや、こんなところに革靴がそろえて置いてあるぞ。
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太宰の後を追った人がいるのか。
いくら何でもU字溝では無理ですね。
そういえば、間もなく桜桃忌だなあ。
奇しくも今日が入水した日だというし。

一度来たことがあるのだが、どこに続く道なのか忘れてしまったので行ってみた。
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20%はあろうかという激坂の最後は個人のお宅でした。
どこかへ抜ける道があったと思ったのですが、すっかり勘違いしてました。
(写真は激坂に耐えかねて足をついて下を見たところです)

『愛する会ソバ畑』ですって。
でも今は麦畑。
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何を愛する会かわかりませんが、ソバ打ちの愛好会でもあるのでしょうか。

Y字路に来ました。
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擁壁の上に道標がありました。
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左大内沢居用経て坂本方面
(右)大内沢井戸方面ニ至ル
とあるので、とりあえず右の道をたどることに。

牛石があった。
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運動公園のところにもあるので、折原には牛石が二つあるのですね。
天満社というのは牛石の奥にあった小さな社のことなのでしょうが、階段を登った先なのでパス。

牛石の反対側には明善寺というお寺があり、入り口には蓮池がありました。
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先ほどの「愛する会」というのはこちらのグループのことなのでしょうか。
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長い名前なので略したわけですね。
無難な略称ですな。^^

お寺の辺りが最後の人家で、しばらくすると山道になります。
そして、とうとう倒木により通行止め。
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ここから先は、MTBかハイキングの世界のようです。
冬枯れの時にでもまた来ることにしましょう。

先ほどのY字路まで戻り、今度は左の道に。

すぐに東側が開けた斜面の開放的な場所になりました。
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お花畑に蜜蜂の箱が置いてあります。

花は休耕地の雑草対策などに良く使われるヘアリーベッチかな。
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一軒だけ人家があり、そこを過ぎると針葉樹の美林が広がります。
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針葉樹の植林地なのに手入れが行き届いて日が差し込むのでヤマユリなどの下草がたくさん生えてます。

どうも見事な林だと思ったら、コンクールで入賞したのですね。
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ここに来る前に道のことを教えていただいた初老の方の林なのでしょう。
またお話を聞かせてもらおうかと思ったら、もうどちらかに行かれた様子。残念。

この後すぐ道は採石場に突き当たって消えてしまいました。
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この採石場は、特撮ヒーローもののロケ地として有名な所。
ダイナマイトで吹っ飛ばされないうちに引き返すことにします。

偶然入った道でしたが、なかなかすばらしいところでした。
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この雰囲気を一軒のお宅だけで独り占めとは羨ましすぎると思うのです。

この後、またいったん手のひらに戻り栃谷地区に向かおうとしたら、携帯が鳴ってでてみると用事ができ、敢えなくポタも終了。

この日見たその他の折原かるた。
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もう一つ「留守何とかの山居の笠踊り」というのがあったのですが帰りに撮ろうとしてすっかり忘れました。

posted by tomochan at 20:40| 埼玉 ☔| Comment(12) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする