2012年12月04日

割目をジロジロ

「割目とは何か!」
という江南スタイル風タイトルにしようかと思いましたが、いくら失うものは何もない私とはいえ、ノロウィルスが脳に転移したのかと思われてもなんなので、極控えめなタイトルにしておきました。
あまりにもくだらないので、まともだと思われる方はスルーした方が良いと思いますよ。

今年の2月、加須市の仕事先の近くのある神社を訪れた際、「割目」という地名が近くにあることに気がつき、行ってみたものの、それを現す証拠写真が撮れなかったため、また訪問する機会ができた先日、再度探してみることにしたのでした。

まずは件の神社からスタート。
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とりあえず割目バス停を探すのですが、なかなか見つからない。
「世界でもっとも阿呆な旅」の著者、安居さんのホームページhttp://ankyo.rulez.jp/chinmei/wareme_kazo/wareme_kazo.html
で場所は覚えてきたつもりなのですが、うろ覚えなので良く思い出せないのです。

この辺だったような気がするのですが、違う地名。
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ここも違うようです。
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カーナビも当てにならないので、この辺りをジロジロ、グルグル。
すっかり「割目とはどこだ!」になってしまいました。

迷っているうちに、畑の中で集会所らしき建物を発見。
早速行ってみるとそこは「割目集会所」でした。
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すっかり字が色あせてしまっています。

近くには電柱も
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安居さんのように電柱番号までは気が回りませんでした。

後で調べるとバス停はどうやら廃止になったようでしたが、集会所と電柱の二箇所採集できたので良しとすべきでしょう。

数ヶ月来の課題をクリアして引き上げる途中の騎西の街で
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ほ乳瓶にお酒を入れて、ハイハイしながら飲んだりして。

アブデンみそ?
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何だ?と思って調べてみたら、油伝味噌といって天明年間創業の栃木市の有名な味噌屋なのだそうです。
カタカナ表記ではとても美味しそうな味噌には思えないのです。

あ、そうだそうだ。
「割目」と書いて「わりめ」と読むことを書き忘れてました。
posted by tomochan at 20:47| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 珍日本紀行(珍地名) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月25日

路上探検隊in騎西・加須

先日、もう一度読みたい本があったので探していたところ、山積にされていた本の中からこんな本を見つけました。
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『路上探検隊 新サイタマ発見記』
宝島社から1993年に発行されている初版本です。(重版があったかわかりませんが^^)
20年も前にこのような本を買ってると言うことは、私もそろそろ筋金入りのジロリストの仲間入りでしょうか。

冗談はさておきこの本、執筆陣がすごいです。
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今は亡き杉浦日向子さんも名を連ねていますね。

探していた本のことなど忘れて、すっかり読み耽っていたところ、最近仕事でよく行く騎西や加須の物件も何点か紹介されているのを発見。
そこで先日、仕事のついでに見学をすることに。
路上探検隊in騎西・加須(隊員ひとり)

まず、南伸坊氏が「思春期」と命名した木を探しに騎西の街へ。
その木は楠の大木で撮影地は騎西ということしか情報はありません。
でも楠の大木と言えば神社や公園と相場は決まっています。そして騎西で神社と言えば藤で有名な玉敷神社。
ちょうど仕事先に行く道の端なので探索してみることに。

駐車場に車を置いて神社の横の藤棚のある公園に足を踏み入れたらいきなりそれはありました。
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20年前に思春期だったとすると今や中年。どんなふうになっているのだろうと期待していたら、逆に退化した様子。でも木の様子からして南伸坊氏が撮影した木に間違いありません。
「騎西の楠」という情報だけで一本の木を探し当てるなんて、俺って天才?
いやいや、騎西だけに奇才だ。なんて。^^

あのそうそうたる探検隊のメンバーがこの木を見て、なんやかんや言ってる姿を想像すると何か楽しくなってしまいます。興味のない方にはどうでもいいことですけど。^^

騎西は昭和の香りのする街
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仕事先の牛重(うしがさね)に向かいます。

すると道端に巨大な巻物が。
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牛のフン?しかも二つ重なっている。
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変わった地名のいわれはこれだったのかと、妙に納得。
違いますね。しかし見事な巻き方だこと。

牛重で仕事を済ませた後、やはり先ほどの本に紹介されていた加須の龍宮寺へ。
加須市の大室というところなので牛重から車で5分と近いのです。

立派な山門
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でもこの山門少し変わっているのです。

どこが変わっているのか分かりますか?

山門の2階部分に鳥居が組み込まれているのです。
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山門の傍らにはお宮も
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こちらは神様も仏様もいっぺんに拝めてしまうといういかにも日本的なお寺なのです。
昔の神仏混淆の名残でしょうね。


このあたりの地図を眺めていたら、龍宮寺の近くでこれまた気になる名前の神社を発見。
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女体神社?

なるほど、その名にふさわしく色あでやかな屋根の色ですな。
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神社の扉はガラス戸になっていたので期待を込めて中を覗くとそこにはなんと・・・

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如体神社とありました。

女と如、どちらの字も使うようですが、にょたい、じょたい、どう読むのでしょうか。
ちなみに「にょたい」とは「じょたい」の老人語だそうです。知らなかった。

地図を見ると女体神社のすぐ近くはに如體寺というお寺もありました。
また、南に少し下ったところにはなにやら微妙な地名も。
女体神社との関連やいかに。
探索したいのは山々ですがなにぶん仕事中の身の故、このあたりは同好の士の報告を待つことにいたしましょう。そんな人いるかな?


ここのところ仕事が行田、騎西、久喜と県の北東部が良く続くなと思ったら、木曜日はついに栗橋までやって来ました。それも依頼主は全部違うところなので不思議なものです。
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このぶんで行くと利根川を渡り茨城県に進出する日もそう遠くない?
そしたら利根川中流ジロジロ日記にタイトル変えなくてはいけないかも。^^
posted by tomochan at 15:55| 埼玉 ☔| Comment(7) | TrackBack(0) | 珍日本紀行(珍地名) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月28日

秩父・児玉で阿保な旅(その3 神川町編)

前回までのあらすじ
阿呆の旅をすべく秩父にむかい、阿保町でパチリとした後とんぼ返りで児玉に向かい、途中の自販機や神社で今昔の民族的比較(銀輪乗士さまのコメントより引用させていただきました)を観察した後「きんそば」でラーメンと半カレーを食べたのであった。

昼食の後やって参りましたのはこちらの場所。
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児玉郡神川町大字元阿保。
秩父の阿保に対してこちらは元阿保。ですので現在は立ち直って、いや、そういうことではありませんね。

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写真の方はバスを待っているだけの方でこの記事の内容とは無関係です。

近頃は元カレだとか、元カノあるいは元ヤンとか元○○と表現したりすることが流行のようですが、こちら場所はそういう軽薄のとは違って由緒正しい元なのであります。

なぜ由緒正しいかと申しますこの元阿保は武蔵七党の丹党に属した鎌倉幕府の有力御家人安保次郎実光を祖とする安保氏の所領地であったからです。(安保氏館跡の説明版より抜粋)

安保氏館跡。
当時は広大なものだったらしいのですが、今はこんなに小さく。
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おまけに売りにも出ています。
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館跡の社から50mも離れてないのできっと当時は館の中だったのでしょう。

周辺を探索してみます。

阿保神社
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元阿保大観堂
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元阿保の旧集会所
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元阿保のベコ。
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裏通りの様子。
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懐かしい看板、見たことない看板だ。
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さて十分に元阿保の散策を楽しんだのでここらで家路に着くことにします。

元阿保は梨の産地でもあるので、梨園の中を抜けて行きます。
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梨園と言ってもこちらの梨園には海老も蛸もいません。もっともあちらにも蛸はいないですね。

帰り道、八日市のR254を通ると確か去年の秋頃まではあったはずの火の見櫓がなくなっていました。
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その先の頭の無い火の見櫓も撤去に。
古いものがどんどん失われつつあります。時代の趨勢と言えばそれまでですが寂しいものですね。

そうそう、阿呆な旅のついでにこんな偉人のところにも寄ってみました。
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塙保己一の旧宅。
初めて来ましたが、末裔の人?が今も住んでおられるのでびっくり。

この方にも見習わなければいけませんね。
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この後はR254から県道175を経て家へと向かいます。

秩父の阿保も神川の元阿保も阿呆とは無縁の良いところであったなどと考えながらペダルを廻しているとこの駅の前に。
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本当の阿呆は小前田(オマエダ)と言われているようでありました。
チャンチャン。

走行距離95km
消費カロリー約2800kcal(地図データから)
消費ティッシュ6枚
写真撮影枚数217枚(437mに1枚)


posted by tomochan at 19:51| 埼玉 🌁| Comment(9) | TrackBack(0) | 珍日本紀行(珍地名) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月27日

秩父・児玉で阿保な旅(その2 児玉町編)

本庄市の児玉町に入り本庄サーキットを見学した後は間瀬湖の堰堤を見てから小平の高窓の家や成身院のさざえ堂など見学して、秋山の御嶽神社に至るという歴史と文化を学ぶコースを予定していました。
ところがどこをどう間違えたのか、おそらく間瀬湖あたりで頭の中の地図がまぜこぜになったのでしょう、着いたところは秋山の秋平小学校の近くでした。

ここまで来たら小平はあきらめて秋山の御嶽神社に向かうことにします。
と言っても、以前一度地図を見ただけで場所をハッキリ知っているわけでもないので、道々探しながら進みます。
通行人でもいれば尋ねることも出来ますが、何しろ人家もまばらなところのこと、テレビ番組のようにそう都合良く外を歩いている人もいません。
仮に地元の人がいてもその前に神社の名前さえ覚えていなかったので、道を聞くにも説明に困ったとは思いますが。

それでも何となく進んで行くうちに、大魔羅様のお導きでしょうか、ふと気が付いたら神社の横に着いていました。でも思っていたところとは全然別のところでまったくもってラッキーでした。
 
前置きが長くなりましたが、ここがその御嶽神社。
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しめ縄でちょうど隠れてしまいましたが、昨日の説明版にも書いてあるように近郷の人達に「人知れず奉納され」た大小様々な石棒や木棒が納められております。境内地は3〜40坪ほどしかないのに巨大な棒が納められており、その結果境内の面積に対する棒の容積の割合である容積率は非常に大きいものとなっております。
(注:クリックしても写真は拡大されません)
「あまりの多さに氏子が時折取り片付けることもある」そうですが、ため息とかつきながら片付けている氏子の人達が目に浮かび、なんだかほのぼのとした気持になります。(^^)

それにしても現在、秋山の大魔羅様はいったいどこのお宅に安置されているのでしょう。
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ここは神社の入口です。この先が神社で南側と言えば画面の左側。
このあたりのお宅でしょうが、時間もないのでその辺の探索はまた次回と言うことで。
また次回と言ってもそのまま忘れてしまうことも多いというかほとんどですが、この場所はここ以外にも興味深い物件が多そうなので、本当に再訪することにしましょう。

児玉町の市街地に向かいます。
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シェリエにどうしたんだろうと思うほど人がたくさん集まっていましたが、土曜の特売日だそうです。皆さん何カゴもバームクーヘンを抱えてました。

市街地向かって行くと、ヤオコーの向こうに奇妙な物件が。
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大魔羅様ではないでしょうね。
それにしてはデカすぎます。^^

ヤオコーの駐車場に入ってみました。
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先っぽというかドーム部分の拡大写真。
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ここからではこれ以上近づけないので駐車場を出て北側に廻ってみました。

素晴らしい建造物です。
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それもそのはず
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文化庁の登録有形文化財の「児玉町旧配水塔」でした。
噂には聞いてましたが見るのは初めてで、とても感激しました。

入口
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どこかヨーロッパの方の教会の入口みたいです。

昭和3〜9年にかけて建造されたとのことです。
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写真は下手ですが、実物はどこから見ても絵になります。

制水弁?
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いやー、いいものを見させていただきましたが、ジロジロはまだ続きます。

続いて向かったのはまたしてもふるーい建物。
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明治27年築の競進社模範蚕室

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養蚕技術の改良に一生を捧げた木村九蔵と言う方が建てた当時の革新的な蚕室だそうです。
町内の小平にある高窓の家もここの技術を取り入れたものなのでしょう。

こちらは経済産業省の近代化産業遺産です。
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このほか街の中では懐かしい光景があちこちで見られます。
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さてお昼も過ぎたので昼食にと言うことで「きんそば」にやって来ました。
今日はやけにチンやキンが多いように思われるかもしれませんがそれは考えすぎと言うもの。
たまたまですよタマタマ。
懐かしいものを見た後はやはり懐かしい味と言うことでやって来ただけなのですから。
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数年前に当時の面影など全くない現在のこの小ぎれいな建物に建て替えらたのですが、懐かしい味は健在です。

中華そば(500円)と半カレー(300円)
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ラーメン(メニューには中華そば書いてありますが店の人はラーメンって言ってました)の麺はストレートの細麺、スープは醤油の味がする昔の味そのもので具にはメンマや焼豚、海苔といった定番の物のほか今時珍しいナルトが入っています。
カレーの具は豚肉とタマネギだけで、厨房にSBの業務用カレー粉の缶がおいてあったのでそれで煮込んだものと思われます。
2品とも、グルメの方にしてみれば特別おいしいと言うものではないと思いますが、当方程度の舌の持ち主にはこれで十分と言えます。
この2品を頼んだ場合、先にカレーに口をつけてしまうと馬鹿な舌がもっと馬鹿になるのでその辺の順番は間違えないようにいただきました。

さて昼食の後は児玉町を出て北の神川町へと向かうことに。
そちらは次回、神川町編にて。
posted by tomochan at 18:13| 埼玉 ☀| Comment(12) | TrackBack(0) | 珍日本紀行(珍地名) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

秩父・児玉で阿保な旅(その1 秩父編)

以前買った本ですが「世界でもっとも阿呆な旅」(幻冬舎)という本があります。
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帯によると「前人未踏!!スケベニンゲン(オランダ)、エロマンガ(バヌアツ&オーストラリア)アホ、オナラスカ(アメリカ合衆国)、マルデアホ(アルゼンチン)シリフケ(トルコ)、向津具(むかつく)、土居中(どいなか)などの珍地名を13年間にわたって全制覇」した人の記録であります。
ただ行って写真をパチリとするだけです。そのためだけに世界中どこへでも行ってしまう人です。
ちなみに先日の越谷の上間久里(カミマクリ)にも来訪されてまして記事にもされてます。

そこで今日はワタクシも、昨日の陽気で阿呆の芽がむくむくと持ち上がってきたのか、ちょっとだけ小さな阿呆の旅をやってみたくなり秩父方面へと自転車で出かけたのでありました。

と言うわけで8時過ぎに家を出ます。
今日は秩父まではノンストップだと思って勇んで出たもの長瀞の高砂橋の入口でストップ。
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木キリマス。
ワタクシは鼻カミマス。
実はここで2回目のティッシュ休憩。
いよいよ花粉が本格化してきたようです。
ティッシュを1袋しか持ってこなかったのに、もうここまでで2枚も使ってしまって残りの枚数が気になります。

長瀞の対岸から皆野市街地を抜け有料道路の先の新皆野橋までやって来ました。

新皆野橋ビューポイントだそうです。
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遙か両神山も拝むことも出来ます。
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平成の遙拝場でありますね。

橋の下には「梵の湯」という日帰り温泉施設がありますが、こちらはビューしたり拝んではいけません。
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「煩悩湯」になってしまいます。

さてひとしきり眺めを楽しんだ後は県道44号線で秩父に向かいます。

いつ見ても美しい秩父橋であることよ
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と思っってパチリとしたらゴミ袋が写ってた。

最初の目的地に到着
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ここまでの所要時間90分。消費カロリー不明。消費ティッシュ3枚。この分だと何とかなりそうだ。

昨夜、うちの子がこの近くで働いているので阿保に行くことを話したら、何しに行くのかと聞かれて返事に困りました。写真を撮りに行くとも言えないので適当にごまかしておきましたが。
本当のことを言ってもきっと理解してもらえないでしょうね。

阿保町交差点
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ここはグーグルアースでストリートビューが見られます。

阿保の人達が集まる場所
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若いころ職場に秩父から来ている人で阿保さんという人がいたけど相変わらず阿保なんだろうか。
男だったから結婚しても阿保なんだろうな、などとアホなことを考えながら、阿保をひとまわりして次へと向かいます。
あ、そうそう、阿保は「アホ」ではなく「アボ」ですから、間違えないようにね。

先ほどの県道44号線を逆に戻り秩父を脱出して児玉方面に向かいます。

皆野町の国神からは金沢にかけて久しぶりの登りです。

最初の急坂のぽっくり観音
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心臓ばくばくでこっちがぽっくり逝っちゃいそうです。

秩父発明神社。
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雪道用クリートスクレーパーを発明した方がいらっしゃいますが、ここに奉納されてはどうでしょうか。
併設のお蕎麦屋さんはまだ早いので開店前でした。

峠を抜けて下り初めると間もなく本庄市になります。

快適に下っていると自販機コーナーがありました。まだ今日は座って休んでないことだし休憩しようと寄ることに。
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手書きのブランド名
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初めて見る自販機です。
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何か暖かいものでもと思って物色していると中央の緑の自販機がすごい自販機だったのでびっくり。
そういえばさっき私の前に来ていた小学生の男の子が行ったり来たりしてなかなか帰らなかったけど、この辺の小学生は平気なのでしょうか。
ワタクシの方はジロジロ見て買っているのかと思われても恥ずかしいので、隣の自販機でコーヒーを買うついでにパチリ。後でウチに帰ってから見ることにします。

ベンチに座って前方を見たら、またまたびっくり。
目の前が前から来たかったカフェ「かぼちゃとやぎ」でした。
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意外と地味なところにあるんですね。

しかし「かぼちゃとやぎ」に入店となるとここの自販機コーナーに寄っているところを見られてるかもしれないのでバックポケットの中身を全部取り出して、変なものは買ってないことを聞かれてもないのに証明しようとしてますます怪しくなる場面を想像してしまい、今回は入店は取りやめ。

さらに進みます。
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コスモクーペだ
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野ざらしでもったいないですね。

本庄サーキット
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入場口のお兄ちゃんにちょっとだけ見せてと言ってタダで入らせてもらう。
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ドリフト大会とかで派手に車をすべらせていました。
すべらせるのはこちらも得意なんですけどね。ほら、またすべった。

次の写真を次回の予告に替えて今日のところは終わります。
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次回は民俗学のお勉強、にはならないと思います。
posted by tomochan at 20:46| 埼玉 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 珍日本紀行(珍地名) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

シモマクリ、カミマクリ

シモマクリに行って来ました。

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と言っても別に変なことをしに行ったわけではなく、下間久里と言う場所の近くに住む娘が間もなく卒業なので引っ越しの手伝いに行ったのでした。

下間久里とは越谷市にある地名ですが、グーグルで「シモマクリ」と検索すると「もしかしてシマクリ」と表示が出て、ますます変な方向にもっていかれてしまいそうな地名です。

なにやら淡い期待を抱かせてくれそうな地名ですが、ごく普通のところです。
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「シモマクリ」があれば「カミマクリ」もあります。
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高架橋橋脚、あ、カンだ。


引っ越し便に積みきれなかった荷物は親に持ちかえらせ、本人は次の日から1週間の予定で南の島でダイビングであります。
帰って来たら草津に泊まりがけでスノボにも行き、その後は2泊3日の韓国旅行だそうです。

やっぱりシモマクリの人は最後の学生生活を「謳歌シマクリ」の人でした。
さすがグーグル、読みがスルドイ。

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posted by tomochan at 19:19| 埼玉 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 珍日本紀行(珍地名) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

阿保自転車

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朝起きて外に出てみたらきれいな朝焼け。
でも東と南の空を除くと全体的にどんよりと曇っていて北風も強い。
こんな日は、自転車に乗るのもつらいものがあるので、地図の整理が先日やっとできたので今日の午前中はPCの整理をしてみた。
IDやパスワードを管理するIDマネージャーという便利なソフトがあるのだが、先日ファイルを削除してしまったので、再入力した。なんだかんだで30件以上あった。
 お昼をまわると、北風も弱くなって暖かくなってきたので自転車で出かけることに。
何にも用事がないのに一等の汽車に乗って大阪に行って来るという内田百閧フ「特別阿房列車」という随筆があるのだが、私もなんにも用事がないのに秩父にいってみた。
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posted by tomochan at 19:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 珍日本紀行(珍地名) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする