2020年07月21日

鎌倉街道探索ウォーク 高崎市街地編その1

さて「ときわはし」を出発して、常盤町交差点で旧中山道に合流し、しばらく行くと歴史のありそうな建物がありました。


ポイント1
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明治時代に建てられた岡醤油醸造という醤油屋さんです。

この建物と道路の反対側の山田文庫の建物を見て、以前もこのあたりを自転車でジロジロしたことがあるのを思い出しました。
目的は何だったか覚えてませんが。

ポイント1から数十メートル進んだところを、右に曲がり、車1台やっと通れるような路地に入ります。

ここで旧中山道から離れたわけなのですが、この道が鎌倉街道ということではなく、前回の記事で紹介した書籍「鎌倉街道 平成に歩く」に記載されていた道ということです。

おそらく著者としても街道の雰囲気を味わえる道ということで紹介されたのだと思いますので、こちらもそのつもりで歩くことにします。

先ほどの路地から中央小学校に突き当たった後、校庭に沿うように歩いてると高崎城跡と思われる場所に出ました。


ポイント2
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この日は、それまでの肌寒い梅雨空とは打って変わって朝からお日様がギラギラ。
それを予想して、日焼け止めは持ってきたのですが、帽子を持ってくるのを忘れてしまいました。

途中の中央銀座商店街でテレビでも見たことがある帽子屋さんがあったので、そこで買えればよかったのですが、あいにく開店前。
仕方がないので、なるべく日陰を選んで歩いて行くことにします。


ポイント3
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しばらくは高崎城の土塁の脇に作られた遊歩道を歩くことにします。


ポイント4
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日陰の遊歩道も終わり太陽の光が燦燦と降りそそぐ道。
お濠沿いとはいえ、このまま行っては熱中症になりかねないので、やはり城跡の公園の中を通って行くことにします。

こうなると鎌倉街道の痕跡を探すという目的はどこへやら。
日陰の道を探す方に夢中になってしまいました。


ポイント5
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高崎城の面影を唯一残す乾櫓と東門。
ここで、今年初めてミンミンゼミの鳴き声を聞きました。

高崎城址公園を出てたあとは、お濠端通りを経て観音通りに出たのですが、その途中で源頼朝の馬が化け物と間違い蹴ったという「化け石」という石があるというので探してみましたが、どうやら病院の敷地内にあるらしく、見学するのは諦めました。


ポイント6
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観音通りと鎌倉街道とされる道の分岐点

ここまでは、あまりの暑さのため、鎌倉街道探しというよりも日陰街道探しになってしまった感がありましたが、ここへ来て、ようやく鎌倉街道に結び付く場所にたどり着いたようです。

ポイント7
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この坂は小万坂と呼ばれる坂で、写真の左側に見える赤いのぼりの先には鎌倉街道にまつわる伝説が残っている小万地蔵という地蔵堂があります。

件の本によると鎌倉街道は、上のポイント7から高崎市街地の方に数m戻った道ということなのでそちらに進んでみます。

そこは車が1台やっと走れるような狭い道で、昭和の面影が残る静かな住宅街でした。


ポイント8
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前述の道を200メートルほど進んで墓地に行き当たったあと、左折してすぐ右折。
どこか趣のあるこの道に入ります。


ポイント9
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道はさらに細くなり、車の通行は不可能なほどになってきました。


さて、いよいよこれから日陰探し旅から本格的な鎌倉街道探しの旅になる(かもしれない)のですが、今回はここまで。

というのも、今回は自分の備忘録もかねてグーグルマップに歩いたルートと写真を写したポイントをマークしてみたのですが、使い方がわからないせいか、容量不足でマップにこの程度の情報しか載せられなかったのです。
まあ、内容がなかったのでちょうどよかったのかもしれませんが。






posted by tomochan at 18:45| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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