2016年01月12日

ハイキングでジロジロ、ウロウロ その3

その3 秋山の山中で秩父往還の痕跡を探す

三品の仙元山、石尊山の山歩きを終えたあと、今度は秋山で秩父往還の「山通り」の痕跡を探すことにしました。

中山道の熊谷宿から分かれた秩父往還は、寄居の街の西はずれで荒川沿いに行く道と、釜伏峠を越える道「山通り」とに分かれます。
国道140号も秩父鉄道もなかった時代は、荒川沿いの道を利用する人よりも、こちらの峠越えの道を利用する人の方が多くて、けっこうな賑わいだったそうです。
自動車でも自転車でも、一部の酔狂者愛好者が通るくらいの現在から比べると、嘘のような話です。

「山通り」のうち、寄居の分岐から子持瀬の渡し、秋山の釜伏山参道入り口にかけては、以前記事にもしたことがあるので省略して、今回は秋山の山中に残されているかもしれない、「山通り」の痕跡を探そうという試みです。
地図1.jpg
(国土地理院発行の2万5千分の1の地形図から)
明治43年陸地測量部発行の地形図をスキャンして現在の地形図に重ねた後、線描したもので、赤線が秩父往還の「山通り」です。
大雑把にやったものですから、精度はそれほど高くはなくて、10m単位の誤差はあるかもしれません。

寄居町発行の1万分の1のハイキング用地図の方が良くわかるので、それにも書き入れてみました。
map2.jpg

以前、上の写真の砂防ダムと書いたところから、釜伏峠を目指そうと入り込んだことがあるのですが、いきなり行く手を砂防ダムで遮られて、全く進めなかったということがあったので、今回は比較的取り付きがはっきりしている上側から攻めることにしました。

ということで、中間平の先の林道大宝線の入り口まで一気に移動します。
001.jpg

林道から秩父往還らしきところに入ると、いきなりの倒木。
002.jpg

すでに時刻は3時。
暗くならないうちに探索を終えなければと先を急ごうとした矢先、道から20mほど離れたところに小さな祠が見えたので行ってみました。
025.jpg
男衾郡秋山村 氏子中
反対側には明治12年と刻まれていました。

人家もない山の中にもかかわらず、真新しい正月の餅や酒が供えられていました。
026.jpg

道に戻るとその先の倒木はそれほどひどくなかったので一安心。
ただ、このまま薄暗い針葉樹の森が続くのかと思うとちょっといやな気分に。
003.jpg

ところが薄暗い針葉樹の森は最初の100mほどだけで、そこを抜けると明るい広葉樹の森に変わりました。
004.jpg

南斜面の明るい道で、道幅も広く、傾斜も緩やかで、とても歩き易い道です。
006.jpg

005.jpg
昭和12年に開通したとされる(麓に記念碑があり)林道も秩父往還の近くを通っているらしい(地形図の黒い線?)のですが、それが残っているとしてももう少し下でしょうから、おそらくこのあたりが秩父往還なのだろうと思われます。

両側が岩の切り通しのようなところ。
007.jpg

すぐ脇には人が二人くらい入れるほどの大きさの穴が掘られた岩がありました。
008.jpg
きっと当時旅する人の目印になったのでは。

途中遠くが見渡せる場所がありました。
009.jpg
先ほどの仙元山とは違う小川町の仙元山が見えて、その先にさいたま新都心のビル群が見えました。

残り3分の1くらいまで下りてきて、ヘアピンカーブのように大きく曲がる箇所を過ぎたあたりで、それまでと様子が変わってきました。
010.jpg
道がまっすぐで、地図のように道がくねってないのです。

もう少し下まで行くと、ほとんど林業のための作業道のようになってきました。
011.jpg
先ほどまでの自然にくぼんだ道の形状ではなく、ブルで削ったような平らな道なのです。

やむを得ず、しばらくそのまままっすぐ行くと、下の方に古道に良くある掘割状の道のようなものを発見。
012.jpg

下りてみました。
013.jpg
幅が狭いけど、馬が通るには十分な広さではないかと思われます。

更にまっすぐ進むとヤブがひどくなり
014.jpg

最後の方はこれ以上は立っては歩けなくなりました。
015.jpg

ほとんど這いつくばるようにヤブ地帯を抜けるとやっと舗装道路が見えてきました。
016.jpg

ほぼ、予想々売りの場所に出ることができました。
018.jpg

さて、舗装道路にでて、秩父往還らしい道の続きを見つけましたが、ほとんど何の痕跡も見つけられなかったので、先ほどと同じように、良くわかる下から探すことにしました。

石仏のある旧道入り口
019.jpg
秩父往還山通りはここから本格的な山道になります。多くの旅人がここで安全を祈願したことでしょう。

当時のものかわかりませんが、道の両側に石組みがあります。
020.jpg

入り口から50mほど進と砂防ダムが有り、工事で道も消失したものと、前回はそれ以上進むのをあきらめましたが、今回は周辺を探索してみることにしました。
すると、砂防ダムには幅2mほどの階段が設けられていて人が昇り降りできるようになっていました。
021.jpg
ということは、ここに道があったので、階段はその付け替えの道路ではないかと考え、もっと良く探してみることにしました。

すると写真では良くわかりませんが、階段の基部あたりから斜めに伸びる道のようなものが有り、先ほど出て来た舗装道路の方に向かって伸びいていました。
022.jpg

これで何となく、秩父往還っぽいところは見つかりましたが、このあたりは今日歩いた中で一番のヤブがひどい場所だったし、すでに薄暗くなりかけてきてることもあるので、これ以上の探索はあきらめて引き返すことにしました。

来るときは調子よく来ましたが、帰ると言っても距離2.9km、標高差192mを登らなければなりません。やれやれ。
とりあえず、舗装道路を中間平経由で帰ることにします。

途中で、先ほど降りてきた秩父往還の方にむかって行く林道を発見。
023.jpg
たぶんここを行けば秩父往還に出られるはずと考え、行ってみることに。

針葉樹林に向かう道がありました。
024.jpg
おそらくここは先ほど通ったヘアピンカーブへの近道ではないかと思い、行ってみることに。
写真は明るく撮れてますが、実際は薄暗くて少し気味が悪かったのですが、やはり近道になっていて、だいぶ時間が短縮できました。

その後も、秩父往還を通り出発地点まで何とか日が沈む前にたどり着くことができました。
やはり、人が歩く場合は、自動車用に勾配を緩くし、大回りに作られた道路よりも、傾斜はきついけど直線的に登る昔の道の方が時間がかからないのだなと実感した次第です。

また、この道は下の方に限っては荒れてはいるものの、上の方は少し手入れすれば、比較的簡単にハイキンコースなどとして復活できるのではないかと思いました。
せっかくの歴史のある道、このまま埋もれさせては何とももったいないような気がしました。
国か町かどちらが管理しているかわかりませんが、お許しがあればボランティアでやっても良いという気がします。

それからこれは、帰って来てから知ったことですが、今回のスタートした地点には以前、「一里塚の跡」という案内板が立っていた時期があったそうです。
次回、訪れる機会があったら、是非一里塚の探索をしてみたいと思います。
その時はGPSのロガーがあれば更に良いですね。

おしまい


posted by tomochan at 21:06| 埼玉 ☔| Comment(8) | TrackBack(0) | ハイキング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
論理的な推理と現場からの想像。
臨場感があって素晴らしい!
Posted by 慎サク父 at 2016年01月12日 21:41
『てくてく、ぽくぽく「秩父往還」』というハイキングマップが書けそうな記事、楽しく拝読しました。商工会か観光協会に企画を持っていったら通りそう。^o^
 
ハイキングコースになったら健脚を活かして(ウソです)ヨタヨタでも歩いてみたいです。

野草や野鳥ともたくさん出会えそうな由緒ある通りですね。
Posted by チョコ at 2016年01月13日 07:24
慎サク父様
そのようにおっしゃっていただけるとは、思いもよりませんでした。
興味のない方からすると、枯れ木の山と落ち葉の道を写しただけの写真に見えますよね。^^
あちらの方に行かれる機会がありましたら、上の方だけでのぞいてみてはいかがですか。
Posted by tomochan at 2016年01月13日 17:26
チョコ様
よく考えると、あそこをハイキングコースにした場合、中間平がスルーされてしまいますね。
やはり、あそこは変わり者の通り道のままが良いようです。
『変質者注意』の看板を立てられないように気をつけなくちゃ。^^
Posted by tomochan at 2016年01月13日 17:31
ヨダレものの記事でした^^
熊谷は石原の起点から秩父神社までのルートマップを作って頂きたいなあ。
Posted by 銀輪乗士 at 2016年01月13日 20:42
銀輪乗士様
私がわかるのは寄居町内から釜伏峠までです。
その他は銀輪さんに作っていただかなければ。
私もヨダレを垂らしながら辿ってみます。
そうしたら、やはり変質者に間違われてしまいますね。^^

Posted by tomochan at 2016年01月14日 18:24
こんにちは。
てっきりご本人かと思っていたのですけど、失礼しました。
シルバーのロードだったのでてっきり。
以前遠目に緑色のBD-1タイプを乗っている人を花園地区で見かけたのは正解でしょうか?

秩父往還のこの辺り、興味あります。自分で探索するのは難しいですね。
年月が経ったとはいえ、大きな街道の道筋が消滅しかかっているとは。
Posted by hiro at 2016年01月21日 19:24
hiro様
いえいえ、どういたしまして。
私も昨年末、寄居町内を車で移動中に私とすっかり同じミニベロを見ました。
乗ってる人も同じくらいの年代の人でした。
もし地元の人でしたら、同じような人が二人いるわけですね。
キョロキョロと不振な動きをしているようでしたら、きっと私でしょう。^^

秋山の秩父往還を探索されるなら、中間平の先の林道大宝線の入り口から入られるとわかりやすいと思いますよ。入り口がわかりにくいかもしれませんが、入ってしまえばしっかりした道があります。途中までですけど。
Posted by tomochan at 2016年01月22日 18:18
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。