2015年01月03日

初ポタ

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

去年のクリスマスイブにバドミントンの練習でアキレス腱を切ってしまったアキレタ者が家族に発生して、その結果、ただでさえ忙しい年末の仕事の他に主夫業までもしなければならなくなり、大変な年末でした。
それも、一週間もすれば意外と慣れてきて、元旦は郵便局に自転車で年賀状を出しに行ける余裕も出て来ました。

松飾りが施された正喜橋
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正喜橋を渡り、裏道で寄居郵便局に向かいます。

今年は毎日ブログの更新するぞ!
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手、手が!
嘘を言ってはいけませんね。

最近はここの郵便局は年賀状をドライブスルーで受け取ってもらえるのでありがたいのです。
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私も自転車に乗ったまま手渡しました。

これで用事は終わったのですが、このまま帰れるのももったいないので、近くの秩父往還の山通りを山の手前まで行ってみようと思いつきました。

山通りの出発点まで戻ります。
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秩父往還は熊谷から秩父へ向かって行くと、寄居の街の西はずれのこの場所で、釜伏峠を越える山の道(山通り:写真の直進の道)と荒川沿いの平地を行く道(写真右側の道)とに分かれたのだとか。
荒川沿いの道は平坦なのですが、現在の波久礼あたりの切り立った崖が危険なのと、距離的に遠回りになるので、山を越える山通りが一般的だったそうです。
逆に、現在では遠回りでも下の道(国道140号)を利用する方が一般的ですが、自転車好きの人の中にはわざわざ峠を越えて秩父にゆく人などもいるようですから、世の中わからないものです。

山通りの道は左側をゆくのですが、右の道も宗像神社や、かつての名勝「象ケ鼻」に続く道で、なかなか趣のある道です。
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こちらは荒川の崖の上で右に下りて行くと子持瀬という渡し場があった場所になります。
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子持瀬と行く手に見える釜伏方面の山
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ここで荒川を渡り、写真中央に見える尖った山の右の鞍部に出て、釜伏峠に向かうわけですね。

坂を下る途中に世の中の安穏を祈る江戸時代末期の石碑がありました。
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荒川の上流側には八高線の鉄橋が見えます。
映画「そして父になる」のポスターを撮影した場所の近くですね。
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桜の並木があるので、花の時期に再訪したいところです。
そう思っても、いつも忘れてしまうのですが。

秩父往還の往来が盛んであった頃は、ここに渡し船や、渇水期には木造の橋もあって、対岸に渡たることができたのだとか。上流に玉淀ダムができた現在では、水量も減って水深は浅そうですが、さすがにこの時期、徒で渡るわけにはいかないので先ほどの正喜橋を渡り、対岸の折原へゆくことに。

折原側にやって来ました。
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ここから先、あちこちで見かけることになる「折原かるた」がお出迎え。
しかし、「皆さんがお世話になった」というのがちょっとおもしろい。

山通りの道は荒川の崖を上の段に向かって斜めに登って行きます。
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その登り口には、湧き水があって今も水が湧き出しています。
おそらく、昔の人もここでのどを潤したことでしょう。

上の平地に出て100mほどゆくと正喜橋から折原橋に続く町道に出ます。
そこには昭和6年に建てられた道しるべがあります。
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刻まれた文字を読むと、かつて秩父往還だった道の行き先は秩父ではなく「秋山を経て槻川村」とあるので、もうこの頃には山通りを使って秩父に行く人も少なくなってしまったのかもしれません。

町道を横断したところにまた旧道が残されています。
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折原村の道路元標が半分以上埋もれています。昔の道は今よりずいぶん低かったのですね。

ところで、ここから先の旧道が最近コンクリートで舗装されたようです。
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「村民の信仰厚い庚申塔」
「住民の願いは厚いコンクリート」
砂利道だと雨が降るとすぐ穴ぼこだらけになってしまいますからね。
ただ、道路元標の周りは工事しなかったようです。
これを以上道路を厚くしてもらうと見えなくなってしまいます。

八高線の下をくぐります。
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列車はここで見れれば良かったのですが、残念ながら先ほどの道しるべのところで通過してしまいました。

ここから先は旧道らしきものは見あたらないのでこの坂を登ります。
荒川によって作られた河岸段丘と思われます。
坂の途中に馬頭尊と折原かるたがあったので、ここが旧道跡なのかもしれません。
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坂を登りきったところは見晴らしの良い台地。
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明治時代に作られた地形図によると秩父往還は確かこの辺なのですが。
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土の道もすぐに終わり、また舗装道路になりなじみのある牛石のある場所に出ました。
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「牛石に憩う旅人番場坂」と折原かるたには詠まれていますが、最初にこれを見たときは「こんな畑の真ん中でなぜ旅人なのだろう」と思ったものでしたが、後になってここが秩父往還の跡だと知り、納得したものでした。

私もここらで憩いたくなりましたが、すんでの所でやめました。
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ここからしばらくゆくと、大きな工場の敷地になり、秩父往還山通りはそこに吸収されてなくなってしまうので工場にそって迂回します。
途中また折原かるたが。しかも3個。
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あ、ひとつは違った。

工場の反対側に出ました。
ここからまた旧道が始まります。
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地元のお年寄りに聞いたので、たぶん間違いないと思います。

秩父往還ではありませんが、途中の風景が気に入ったのでパチリ。
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その後、道は県道坂本寄居線に合流して消滅。
そして釜伏への入り口でまた出現。
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この日は寒かったので、フリースにダウンジャケットと私もお地蔵さんに負けないくらい着込んできたのですが、さすが坂を登る頃から暑くなりました。

この後旧道は板東沢川を渡るため一旦低いところにおりて行くのですが、今日は時間がないので上の新道を行くことにします。
先日、旧道に重機が入って何かをしているのを見かけたので、その後どうなったか確認したかったのです。025.jpg
以前は草だらけで、入っていけないような状態でしたが、今はきれいになっています。
旧道の価値を再認識した当局が、整備に乗り出したのかと思いましたが、ただ単に排水管を埋めるための工事だったようです。

川の方から上(秩父方面)を見たところ。
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そうこうしているうちに月が明るくなってきてしまいました。
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遅くなってウチに帰って藁鉄砲でたたかれても困るのでこの辺で帰ることに。
足が動かないとはいえ、口と腕は健在ですから。

立原ではお正月に松飾りの代わりにしめ縄を張るのか。
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同じ町内とはいえ、風習はいろいろであります。

元日を始め、祝祭日に国旗を掲げる家庭も少なくなったなあ。
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フランス国旗さえ掲げられているというのに。
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よく見りゃ、ミュールなのでした。

この日は初ポタのほか、初雑煮、初筑前煮、初きんぴらと初物づくしでした。
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初といっても今年初めてということではなく、人生で初めて作ったという意味ですよ。
明日はポタージュでも作って、また初ポタにしようかな。


posted by tomochan at 20:04| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あけましておめでとうございます。
なかなか趣ある初ポタを済ませれたようですね。
出来たら正月中に旧往還を辿って秩父神社詣でをレポして頂きたいなあ^^

アキレタ者様、はやく良くなりますように。
Posted by 銀輪乗士 at 2015年01月04日 08:19
銀輪乗士さま
本年もよろしくお願いします。
また、アキレタ者へのお気遣いありがとうございます。
そういう事情なので正月中の秩父往還ポタは無理ですが、一度は旧往還で秩父まで行ってみたいですね。
その時は、道案内お願いします。^^
Posted by tomochan at 2015年01月04日 10:23
まぁ、アキレス腱断裂とはたいへん!
無理をなさらず、主夫をどんどん使って養生なさって早く良くなってください。

でも、この主夫の手料理、見た目もなかなか美しいなぁ。

そして寄居の奥の深いこと。ふふふ。わたしも今年は探検するぞぉ。yeh(^-^)v
Posted by チョコレートボックス at 2015年01月04日 14:49
チョコレートボックスさま
「去年は冷蔵庫が壊れて、照明器具が壊れて、車が壊れて、最後に足が壊れた」そうです。(本人談)

男の料理ですから、見栄えは良くないですよ。
かといって味は良いかというと、そうでもない。^^

寄居の探検楽しみですね。
いつか合同探検隊組んで探検に行きましょう。
Posted by tomochan at 2015年01月04日 17:56
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