2014年09月30日

白鳥尋常高等小学校登校ポタ1

叔母から私の母親は子供の頃、金尾峠を超えて現在の長瀞町井戸にあった白鳥尋常高等小学校の本校まで通ったことを聞き、自分でもその通学路を自分の足(と言っても自転車)でたどってみたくなり、翌週、つまり先日の日曜日再び金尾に足を向けたのであった。

「足を向けた」と書いたが、実際には「車を向けた」のであったが。
なぜなら、午前中は仕事で午後からの出発を余儀なくされたため、貧脚の私の足では帰ってくる頃には暗くなってしまうと思ったからである。
そんなわけで白鳥尋常高等小学校金尾分教場跡地までワープだ。

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寄居橋の袂から北に伸びている白髭神社の参道の脇が分教場の跡地

分教場の記念碑
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井戸出身の熊谷の八木橋百貨店創業者八木橋宏次郎作の詩文が刻まれている。

ここで旧白鳥村のことについて私の知っている範囲で記しておこう。
と言っても(また言った)分校の跡地の一角にある「金尾のあゆみ」という説明板から得たにわか仕込みの知識であるが。

旧白鳥村というのは明治22年に金尾(現在は寄居町)風布(現在は寄居町と長瀞町)井戸・岩田(いずれも現在は長瀞町)下田野(現在は皆野町)の五ヶ村が合併して誕生した村で、村名は中世の荘名からとったという。
また、「新編武藏風土記稿」によると金尾という地名の由来は黒谷の和銅山から続いている山の尾だからということらしい。つまり銅の鉱脈の末端にあたるということだろうか。確かに他にもこの一帯には金ヶ嶽とか金崎とか金の付く地名が多い。

いつまでも講釈を垂れていると学校に遅れてしまうので出発することにする。

まずは県道82号線を長瀞方面に向かう。
数百m行ったところで左折して旧金尾峠を目指して旧道に入る。
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旧道入り口には気をつけて見ないとわからないが、「左ちちぶみち」と読める文政五年の道標がある。
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始まりはいつも急坂
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でもコンクリートが打ってあるので何とか乗ったまま登れる。

民家が何軒かあって最後の家を過ぎると砂利道になり、ここからは完全な山道。
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さすがにMTBでもなければ乗車したままでは行けないので、ここからは自転車を押して歩く。

岩や木の枝だらけの急坂を2、300mほど歩いただろうか、不意に前方に舗装道路が見えてきた。
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しかし、行く手に見えるのは、金尾峠ではなくてもっと下のつつじ山の入り口あたりのように思えて、道を間違えたかと持参した地図を確認。
すると、来るときは気づかなかったのだが、地図にはもう少し手前で二手に分かれるところがあって、そこで間違えたのかと思い引き返すことに。
下りは何とか自転車に乗って下りられたのですぐに分岐点に到着したのだが、もう一方の道がわからない。
いや、道のようなものがあるにはあるのだが、草だらけで通れそうもない。
仕方がないので、また同じ道を戻ることに。
何をやっているだ、俺。
初めての登校に遅刻してしまうぞ。
少し焦りながら、また同じ道を登り返す。

名前は知らないが可憐な花が咲いていた。
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舗装道路に出た。
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長瀞カントリー倶楽部入口
なんだ、ここで良かったんじゃん。
自転車の奥の暗いところが旧道

さて、ここから旧金尾峠の探索。
昔の本によるとこのゴルフ場入り口付近から旧金尾峠に続く道があるという。
ここかな。
RIMG0496.jpg
というか、ここ以外に道らしきものはないので入ってみることに。
道と言っても草とクモの巣だらけなので自転車を置いて棒きれでクモの巣を払いながら進んだ。
しかし、数十mで新金尾峠の切り通しの上に出てしまい、道はそこで途切れてしまったようだった。
先ほどの本によると道標を兼ねた馬頭観音があると書いてあったのだが。
あきらめて新金尾峠に戻る。

現在の金尾峠
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今でこそ写真のようにダンプなどの大型車が行き交うような立派な道になったが、私が中学生の頃は今の道幅の三分の一くらいしかない砂利道だったのだ。
春休みにこの道を通ってみんなで長瀞までサイクリングに行ったことがあって、その時このあたりでパンクをして、樋口の駅の近くの自転車屋まで押して歩いて行ったのを思い出す。長瀞に行って何をしたかは何も覚えてないのだが、そのことだけは良く覚えている。

前編、後編の2回で終わるつもりだったが、まだ金尾すら出てない。
なので前回の記事はプロローグとしてこの記事を1にした。
いったいいつになったら本校までたどり着くのであろうか。
続く


posted by tomochan at 20:34| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ご近所ポタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
馬頭観音像、今もあるのでせうか。
拙も未だ見つけること叶っておりません。
冬枯れの頃に探しにご一緒しませんか?
Posted by 銀輪乗士 at 2014年10月01日 22:20
「白鳥」とは何にもロマンチックな名前ですね。そう言えば、樋口駅の近くにそんな文字が書かれた看板がありましたね。
場合によったら獲得形質も遺伝するんじゃないですか?お母様の我慢強さがtomochanさんに受け継がれていると言って、疑問を差し挟む人はこの世に一人もいないのではないでしょうか?(まあ、世の中の奥方はシビアなので、その方面は確信がありませんが・・・)
Posted by ぱるる at 2014年10月01日 23:10
銀輪乗士さん
そうですね、旧金尾峠に限らずあちこちの旧道探しやりたいですね。
それまでに鉈と鎌を用意しておいて下さいね。
Posted by tomochan at 2014年10月02日 17:58
ぱるるさん
白鳥橋、白鳥工務店、白鳥麗子。
最後はちょっと違いますが、あの地にはそんな名前がありますね。
自分では我慢強いと思っていても、家内にはあきらめが悪いとか往生際が悪いとか思われているのかもしれません。^^
Posted by tomochan at 2014年10月02日 18:12
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