2019年11月22日

桜ケ谷をジロジロ その2


野巻の椋神社から50mほど進むと道がカーブになり、脇に案内板が立てられていました。
007.jpg

初めて見る漢字で何と読むのかわかりませんが、珍石、奇石の類かもしれませんので行ってみることにしました。

案内板のとおり約200m進むと、また案内板があり、あと50mと書かれていました。

廃屋がうら寂しさを醸し出していました。
008.jpg

009.jpg

案内板に従って左に折れて山道に入ります。


50mくらい進んでみました。

ただ、そこにあった石製ものと言ったらこのようなものだけ。
010.jpg

011.jpg
上の写真は橋のようだけど近づいてみたらコンクリート製。
下の写真は風化が進んでいて石ともコンクリートとも見分けのつかない材料で作られたため池?

どちらも形は漢字に似てはいますが。

もう少し先に進んだ先は個人のお宅の墓地のようでした。
012.jpg

失礼して入らせていただきましたが、特にそれらしきものは見あたらなかったため、あきらめて引き返しました。
「石なんとか」と書いてあっても何と読むのかわからないのでは、どういうものかの想像もできなくて探しようもないですね。

石幢とは何だろうと気になって帰ってきてからネットで調べてみたところ、詳しいところまではわかりませんでしたが、少なくとも宗教的意味のある石塔であるということは分かりました。

何を期待していたのかわかりませんが、私なんかが興味本位で見物するようなものではなかったというわけです。
それを言ったら椋神社のアレだって同じことなんですけどね。

「この罰当たりが!」って怒られないうちに次に進もうと思いましたが、時計を見ると既に時間いっぱい。
肝心の桜ケ谷にたどり着く前に秩父市内に行かなくてはならない時間となってしまいました。

普通はここで終わるところですが、終わらないのがこのブログ。

I'll be back

このまま中途半端に終わらせても、次はいつ来られるかわからないので、用事が終わった後、帰りがけにまた戻ってきたのでした。
我ながら好きだなあと思いましたが、帰り道と言えば帰り道なのでと自分に言い聞かせるようにして。


先ほどの笹原の石幢の入り口を過ぎたあたりから道路は急勾配となってきました。
いつか自転車で訪れたいと思ったこともありましたが、今思うとそんな無謀なことをしないで良かったと胸をなで下ろすような道でした。

桜ケ谷集落に到着
013.jpg
仕事も済んだことだし、このあたりになると屋根をオープンにしてほとんどドライブ気分。
午前中に訪れた太田の田んぼがよく見えます。


助手席に武甲山を乗せてみたりして
014.jpg
こんなことをしたら、妙見様が腹を立てて、夜祭りが近いというのに「今年はもう逢わない」などと言い出すかなと思いましたが、よく考えたら、妙見様が女で武甲山の神様は男でした。^^


桜ケ谷は思ったより家が多い集落でした。
015.jpg

神社の境内には子供の遊具が取りそろえられ、子供の数が多かったことがわかります。(現在はどうなのかわかりませんが)
016.jpg


集落を抜けると展望台があったので登ってみました。
018.jpg
太田の田んぼから尾田蒔の丘陵、その先には秩父市街地が広がり、そのまた奥には堂々とそびえる武甲山の姿が見えました。

上の写真に写っている田んぼのあたりが、条里遺跡がある場所かもしれませんが、太田にいた際、そこを訪れるのをすっかり忘れてしまったので何とも言えませんが。

太田の田んぼに対して桜ケ谷の耕地はというとこのような傾斜のきつい畑ばかり。
IMG_20191115_150202.jpg
昔の人は眼下に広がる田んぼを眺めて何を思ったのでしょうね。

田んぼと言えば、当ブログの写真撮影ポイントでもある田んぼを耕作する組織がホームページを立ち上げるのに協力して欲しいと頼まれましたので微力ながらお手伝いをいたしました。
そのホームページが完成しましたので興味ある方はのぞいてみて下さい。こちら→こぞのの田んぼ

駆け足での桜ケ谷訪問でほとんど通過するだけでしたが、いつかまたゆっくりジロジロしたいものです。
もちろん自転車以外で。
バスと徒歩なんかも良いですね。
帰りに一杯できるし。
その時は、今回見ることができなかったあの場所へも行かなくては。


posted by tomochan at 20:26| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。