2017年06月12日

涙にまつわるエトセトラ 後編

泣きたい話、涙の出た話の後編です。

涙ポロポロ編
「涙なんかじゃないわ 泣いたりしない」

涙があふれてたまらない一日でしたが、泣いていたわけではなかったのです。

麦苅りの終わった後の田んぼで、麦わらを燃やす手伝いをしました。
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煙が目にしみる
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迷惑な話かもしれませんが、これをやらないと次に田植えができないんだとか。
近隣の家は、つながりのある家ばかりの地区だからこそできることかも。

煙に巻かれたのか、自転車乗りの一団がコースミスで立ち往生
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「もしもーし、まっすぐ行ってもジロジロファームがあるだけで、行き止まりですよ」
教えようにも遠すぎて声がかけられず。
スマホか何かで確認して、正しい道に戻って行きました。
煙のせいではなくて、そこはサイクリングの人が良く間違う道なのですね。

涙の物語を未然に防ぐ編

麦わら燃やしをしているときのこと。

一緒に作業していた人が、水路の落差工の下で首のあたりまで水に浸かっている一匹の犬を発見しました。
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いくら暑いからと言っても、水浴びにはまだ早いのでは。
家から逃げ出して田んぼに来たわんぱく坊やが、鴨か何かを夢中で追いかけているうちに、ぼっちゃーんと落ちて、上がれなくなってしまったといったところでしょうか。

二人で協力して水路から引き上げてやったところ、しばらく休んでいるかと思いきや、ふらふらになりながらも道路まで歩いて行ってしまいました。
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どれくらいの時間、水の中にいたのかわかりませんが、相当体力を消耗していたのではないでしょうか。
それでもすぐに動き出すとは、よほど家に帰りたかったのでしょう。

道路をよたよたと歩いているところに、近所の若者が車で通りかかり、車を止めてしげしげと犬を見ています。
こちらも遠くで見ていたので良くわかりませんでしたが、何やら電話をしているようにも見えました。
もしかしたら、飼い主にこころあたりがあるのかも。

その後、若者がどこかへ行ってしまうと、犬も動き出し、何とジロジロファームの方に向かって歩き出したではありませんか。
ジロジロファームに居ついてメイちゃんと同居することになるのか?

気になって後を追いかけて行くとファームには入らず、道路が行き止まりになっているあたりでウロウロしていました。
そこへ先ほどの若者が、戻ってきたので、手を挙げてこちらの場所を教えたところ、飼い主らしき人を伴ってこちらにやってきました。

やはり、飼い主さんとのことでした。
飼い主さんの話によると、いなくなったのはその日の朝で、老犬のため耳も目も悪いので、心配でたまらず、ずっと探し回っていたとのこと。
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飼い主さんに抱えられて車に乗せられ、無事帰宅。

迷い犬が何年もかけて飼い主の元に帰るといったような、涙なしでは読めないような物語があったような気もしますが、そうならなくて良かったのです。
めでたし、めでたし。

ちなみに、犬の性別はメスだそうなので、落ちるときの音は「ぼっちゃーん」ではなくて、「ばっちゃーん」だったですね。
posted by tomochan at 15:37| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

涙にまつわるエトセトラ 前編

例によってまた今回もまとめ記事です。
今回のテーマは泣きたい話、涙の出た話。

半べそ編
「1週間に2度も」

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先々週の週末は、時ならぬ台風並みの大風が吹き、ジロジロファームでも梅の実が落ちたり、トウモロコシやキュウリのネットが傾いたりと、散々でした。

そして、先週の金曜日の夜。
今度は雷雨と同時にひょうにまで見舞われてしまいました。
一時は庭がひょうで真っ白になるほど。

ファームの野菜の様子が気になり、翌朝、さっそく行ってみました。

プッツリ
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ツルの先端が切られたキュウリ
実がなり始めたところだったのに。

ポキッ
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折れてしまったナスの茎

ブスッ
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ひょうが貫通して穴だらけになったナスの葉
こちらも実がなり始めて間もないところだったのですが。

ビリッ
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定植して間もないレタスの葉も引きちぎられたよう

運の悪いことに、このキュウリなんか同じ日の朝に定植したばかりです。
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まあ、こちらは家庭菜園なのであきらめもつきますが、被害を受けた専業の農家は泣きたくなるほどだったかも。
この後、持ち直してくれれば良いのですけど、いずれにしてもちょっとがっかりの1週間でした。


やや泣き編
「なんじゃ、こりゃあー」

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車を運転していると、下の方からカチャカチャと異音がしてくるのでタイヤを調べてみると、なんと金属が刺さっていました。
「蛇にピアス」ならぬ「タイヤにピアス」

そーっと抜いてみると
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建築工事などで使われる番線と呼ばれる太い針金

「あれ?どこかで見たような光景だなあ」

数年前の自転車のタイヤの時と同じです。
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その時の記事

ピアスだけにタイヤのサイズに合わせて、大きさも違います

なんて、のんきなことをいっている場合ではない。

このタイヤ、2日前に履き替えたばかりの新品のタイヤだったのです。
しかも、この一ヶ月で2回目の交換。
というのは、5月10日にも後輪の2本だけですが、交換しているのです。

その時は、タイヤを道路の縁石に当ててしまい、サイドが傷付いてしまったので、以前から傷があったもう一方の後輪と一緒に交換したのです。
もっともその時は「間もなく全部交換の時期だから、それまではとりあえず中古にしておこう」と思って、中古タイヤにしたのですが。

ところがそのタイヤを履いた途端、ある一定のスピードに達すると縦に振動が感じられるようになってしまったのです。
もちろん中古タイヤといっても、買ったのはその方面では有名な店で、今までに何度も利用してますが、一度も不具合はなかったし、今回もホイールバランスなどの調整はしてくれているはずなのにと、不思議な気持ちでいました。

私の車はフルタイムの4WDなのですが、ネットで調べて見ると、その手の車のタイヤ交換は4輪同時にやるのが好ましいのだとか。
同じサイズのタイヤといっても、使用状況によっては外径に差ができるので、4輪駆動の場合だと、最悪、デフが壊れて燃え出することもあるとか。

「おー怖!」
そんな事も知らずに、4駆車を何十年も乗り続けてきたとは。

そんなわけで、先日の日曜日、4輪同時におニューのタイヤにしたのでした。
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以前は、欧州の高級車専用タイヤといったところのあのピレリも今は国産タイヤの半値で買えます。
時代は変わりました。

ということで、安いピレリにしたわけですが、それでも、中古タイヤ2本分の交換賃を加えると結構な出費になってしまいました。

それなのに、交換2日目にしてこのようなことになるとは。
ちょっと涙目。

涙ポロポロ編
「我的眼泪涌出来了」

不覚にも、涙がぼろぼろとこぼれてしまいました。

今年の春頃だったか、どこかのBS放送局が放映したチャン・イーモウ監督の中国映画「初恋のきた道」を録画しておいてので、暇ができた先週、家族と一緒に鑑賞したのです。

ひとことで言うと、文化大革命の頃、地方に赴任した青年教師と地元の貧しい女の子との純愛物語なのですが、広大な中国の農村風景、登場する人達の暖かさ、音楽、どれをとっても非の打ち所のない映画でした。
我が家では、テレビを観るときは、私がテレビの一番近くで観て、家族は後ろにいるので、その時の涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られなかったことだけは良かったです。
posted by tomochan at 14:56| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

家族のヒストリー「珍行さんを探して」

家族の歴史を徹底取材し、今まで知らなかった家族の歴史とそのルーツをひもとくドキュメンタリー「家族のヒストリー」。
今回は埼玉県北部にお住まいのtomochan家についての取材記録です。
さて、今回も驚き有り、感動有りの内容となるのでしょうか。

tomochan家(以下t家)は、今の処にいつの頃からか住んでいるのか正確にはわかりませんが、宝暦年間の位牌があると言うことなので、まずは「埼玉苗字辞典」という辞典の調査から始めました。
この辞典は4巻に分かれていて、全巻買うと84,000円なのですが、ネットでも閲覧できたので、予算がないMHKとしては大助かりでした。

さて、その辞典にはt家の苗字に関する事柄が7ページにわたって記載されていました。
その冒頭部分を要約すると次のようなものでした。

t家の苗字○○は海洋民であること。
その苗字は日本書紀に記載があること。
古代氏族系譜集成にも同様の記載があること。
佐渡国にその一族の居住地があり、山背国(山城)には氏神の神社がある。
壱岐国○○郡○○村も○○族の居住地である。

ここまで読んだだけでは、日本書紀だ、佐渡だ、壱岐だ、とすごい話で、同じ苗字でもとてもあのt家とつながりがあるとは思えません。
ところが、このあとから彼の家になじみのある語句が出てくるのです。

以下要約
男衾郡××村壱岐天手長男神社は園明王壱岐○○神社と称し、往古壱岐国一の宮より勧請した。また、当村には○○氏多く存する。

これは、t家のある地区のことを現しています。

辞典はこのあと、埼玉県内の古文書や碑文に記載されている○○という姓をもった人の記録が延々と90件続きますが、その中でt家のある地域が、真っ先に紹介されたということは、○○姓の居住地としては県内でも最も有名なところというわけなのでしょうか。

もっとも、江戸時代に武士以外に苗字を使うことが許されたのは特別なことらしいので、ごく普通の庶民のt家が江戸時代から○○姓を名乗っていたとは考えられないのですが、t家の本家にあたる家には、天正年間の○○姓を持った人の記録が残されていると同辞典にはありましたから、少なくともt家も○○一族の一系には違いないのでしょう。

さて、辞典にはt家がある地域の○○一族のことが、冒頭部とは別にもう一項記載されていました。
t家のある旧××村の○○姓について古文書や碑文を調査した結果なのですが、それを読み進めていくうちに、とても興味深い名前を持った人物を見つけました。

○○珍行伝山

○○はt家の苗字。

近くの嵐山町からは、江戸時代に元木網(もとのもくあみ)という狂歌師も出ていますが、それに通じる粋な名前なように思えます。
珍行さんも狂歌とか川柳をたしなんでいて、その雅号だったのでしょうか。

いろいろ想像は膨らみますが、とにもかくにも、我々取材班はその名が刻まれた明治十三年の仙元碑があるという用土地区に向かうことにしました。

用土地区といってもかなり広いので、仙元碑も数多く存在すると考えられます。
そこで、まず初めに用土地区の入り口にあり、大きくて、とてもよく目立つ仙元碑に行ってみることにしました。

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写真のクオリティがいつも以上に低いのは、ロケなのにカメラを忘れてしまってスマホで撮影したからです。


ここの仙元碑は仙元山と言っても良いほど立派な山の上に立っています。
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渦巻きのような登山道があるのかと思ったらそうではありませんでした。

石段の先には「仙元大日神」と刻まれた畳1枚半ほどの大きな石碑があります。
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果たしてこれが、珍行さんの名前があるという石碑なのでしょうか。

裏にまわってみます。
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まさしく明治十三年の建立

心を躍らせて珍行さん探しを始めましたが、施主やら土工など、数名の名前が刻まれているだけで、いくら探しても珍行さんの名前はありませんでした。
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少し気落ちして、石段を下りると、山の麓にもう一つ石碑があるのに気づきました。
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もしかしてこっちかもと、同じように裏面の探索を始めると、何と、すぐに珍行さんを見つけることができました。
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旧××村の○○珍行傳山さんほか××村の面々

珍行さんは本当にいたのです。

さらに、埼玉苗字辞典には載っていないもう一つの珍名さんも見つけることができました。
それは「弥次さん」に対する「喜多さん」のように「珍行」さんの相方にふさわしい名前。
(残念ながらMHKでは紹介することはできません)

これらの事に満足してしまい、取材班は、珍行さんが何をした人なのかを調査せずに、その場を去ってしまうという、大失態をやらかしてしまったのでした。
この件については、新しい珍名さんのことと併せて、追跡調査することにします。


さて、取材班が仙元碑で見つけたものは、二人の珍名さんの他に、もう一つありました。
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石碑の裏にそっと置かれていた本

これもまた、MHKではアップで写せない内容の本でしたが、珍行さんが見たら喜んだかもしれません。
もしかして珍行さんの子孫がお供えしたものとか?
その辺のことは、t家の当主に尋ねてみることにしましょう。

珍行さんが住んでいた旧××村の現在の様子
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posted by tomochan at 17:29| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする